浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

頭脳と手足

久米郁男他『政治学』(35)

今回は、第12章 官僚制 第1節 NPMの中の官僚制 の続きである。

NPM(New Public management)の具体例として、①市場化テスト、②エージェンシー、③PFIがあげられていたが、今回は、②エージェンシーを見てみよう。

頭脳と手足

政府の執行機能を独立した機関(エージェンシー)に移譲することによって、政府の企画立案と実施を切り離すことが目的である。頭脳の機能(企画立案)と手足の機能(実施)とを別の組織に担わせることによって、企画立案部門が実施部門の仕事を客観的に評価することができるようにし、そして実施部門が責任を持って実施に当たることができるようにすることが狙いである。エージェンシーは、具体的な目標を設定し、定量的な尺度で業績達成度を示すことが求められる。民営化になじまない業務について適用されることが多い。

ここで「政府」とは、「内閣および内閣の下にあって行政をつかさどる機関。中央行政官庁*1日本国語大辞典)である。行政府=官僚機構=中央行政官庁と理解しておこう*2

行政機構は、企画立案と執行(実施)機能を担うとされるが、立法(議会)と企画立案はどういう関係にあるのか。これについては、ここでは不問にするとして、行政機構の機能を「頭脳」と「手足」に分離するという発想に違和感を覚える。ここで「手足」とは何も考えず、言われたことにただ従って実行するだけである。そのような「手足」(実施部門)が「責任を持って実施に当たる」ことはあり得ない。責任を持つべきは「頭脳」(企画立案部門)である。「手足」(実施部門=エージェンシー)が「具体的な目標を設定」することはあり得ない。目標を設定するのは「頭脳」(企画立案部門)である。

定量的な尺度で業績達成度を示す」とあるが、「業績」とは何か。業績を測定する「定量的な尺度」とは何か。

民営化になじまない業務について適用される」とは、どういう意味だろうか。「公共的な業務」であっても、「実施」は、民間に移管するということだろうか。

「企画立案と実施を切り離すことが目的である」というが、目的と手段を混同していないか。

エージェンシー(agency)という言葉に惑わされないで、何を言わんとしているのか(何を言わないでいるのか)をよく把握しておきたいところである。

 

独立行政法人

日本では、エージェンシーの発想は、国レベルにおいては独立行政法人の設置という形ですでに実現されている。2001年4月現在、57の独立行政法人があり、今後も増加していく見通しである。但し、現在のところは研究所や美術館・博物館などが独立行政法人に衣替えされており、実施機能の切り離しというエージェンシーの本来の発想から説明しにくい機関が独立行政法人になっている。

2021年8月1日現在、87の独立行政法人がある*3

本書は独立行政法人がどういうものであるかの説明をしていない。そこで、日本大百科全書(山田健吾)の説明を参照しよう*4

国から独立し、公的な事務および事業を実施する法人。すなわち、国民生活および社会経済安定等の公共上の見地から確実に実施されることが必要な行政事務および事業のうち、国が自ら主体となって直接に実施する必要のないもののなかで、民間の主体にゆだねた場合には実施されないおそれがあるもの、または一つの主体に独占して行わせることが必要であるもの(公共上の事務等)を効率的かつ効果的に実施させるために設立された法人をさす。

国が自ら主体となって直接に実施する必要のないもののなかで、民間の主体にゆだねた場合には実施されないおそれがあるもの」とは何かは、脚注3の「独立行政法人一覧」を概観すれば、少しはイメージできるだろう。

独立行政法人は、行政改革会議の最終報告の趣旨にのっとって制定された中央省庁等改革基本法に基づき、国の組織の再編成、国の行政事務および事業の減量化や効率化等の改革の一環として設立された。

独立行政法人制度の発足は2001年であるが、中央省庁等改革基本法の制定に至るまでの行政改革の議論は興味深いので、いずれ詳しく見てみることにしたい。

すなわち、独立行政法人は、行政機能のアウトソーシング[外部委託]を実施する仕組みの一つとして位置づけられ、行政機能を「企画立案機能」と「政策実施機能」に分けて、前者の機能は国が担い、後者の機能を独立行政法人が担うこととされた。

企画立案機能と政策実施機能を分けることについては、「頭脳と手足」の項でコメントした。

なぜ、このように分けるのか?

「政策実施機能」を国とは別の法人である独立行政法人に実施させることで、業務の効率性、業務の質の向上、自律的な業務運営や業務の透明性を確保することが期待された。

狙いは、「業務の効率性」、「業務の質の向上」、「業務の透明性」である。これは理解できるが、なぜ「政策実施部門」(手足)の業務にのみ、効率性、質の向上、透明性が求められるのか。むしろ、「企画立案部門」(頭脳)の業務の効率性、質の向上、透明性が求められているのではないか。

発足時(2001年)の独立行政法人数は57であったが、2005年には113まで増加し、2021年には87法人となっている。

私は、業務の効率性、業務の質の向上、自律的な業務運営や業務の透明性を否定するものではない。では、現在の87法人の業務は、行政改革前と比べて、どの程度改善されたのだろうか。

今般の新型コロナ感染症に対する対応を見ていると、組織改編にも関わらず、何も改革されていないような気がする。(手足は、頭脳の命令通り動いているようだが…)

 

魚は頭から腐る

jinjibu.jp

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毎日新聞 2018/7/6(https://mainichi.jp/articles/20180706/ddm/008/020/030000c

*1:広義には国家の統治権を行使する機関。立法・司法・行政の各機関の総称の意としても用いられる(日本国語大辞典)。

*2:行政機構については、例えば内閣府の資料「わが国の統治機構」(https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/satei_01_05_3.pdf)参照。

*3:内閣府の資料「独立行政法人一覧」(https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/satei_01_05_22.pdf)参照。うち、行政執行法人(役職員が国家公務員の身分を有するもの)は、国立公文書館、統計センター、造幣局国立印刷局農林水産消費安全技術センター製品評価技術基盤機構駐留軍等労働者労務管理機構の7法人である。

*4:https://kotobank.jp/word/%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E8%A1%8C%E6%94%BF%E6%B3%95%E4%BA%BA-6675