浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

高額所得者は、分離課税によって累進税率を免れている。

神野直彦『財政学』(32)

今回は、第13章 人税の仕組みと実態 のうち、「日本の所得税制度」(p.193~)をとりあげる。

誂え税

これまでふれてこなかったが、神野は「誂え税*1という言葉を使っている(p.170)。「経済力に応じて課す税金」という意味である。洋服を誂えるとは、自分の体型に合わせて洋服を作るという意味だから、類比的に「経済力に合わせて、税を納付する」のが望ましいという考え方の税金である。

このような「誂え税」としての性格を備えた所得税であるためには、次の3つの条件が必要であるとされている。(p.188)

1.税率の累進性

2.差別性(勤労所得には軽く、資産所得には重く差別課税をすること)

3.最低生活費の免税 

「経済力に合わせる」という考え方からすれば、この3つは妥当なものと言えよう。(「なぜ経済力の差が生ずるのか」という、より基本的な問題があるが、ここではふれない)

日本の所得税制では、このような「経済力に応じた課税」がどの程度実現しているか。神野は「空洞化する累進性」と述べている。本書は2007年発行なので、現在はどうなっているか。

「金持ちほど税金を払わなくていい」世界中で"富裕層への減税"が進む深刻な理由(諸富 徹、PRESIDENT Online)

 

総合課税と分離課税

まず、総合課税と分離課税という言葉を理解しておこう。

総合課税というのは、すべての種類の所得を一括して総額に課税するものであるが、分離課税というのは、…税務行政の簡素化のため、あるいは累進税率適用に伴う不当な税負担を緩和するために、特定の種類の所得を例外的に他の所得から分離して課税するものである。(林正寿、日本大百科全書

所得税法で所得とみなされる所得は、①利子所得、②配当所得、③不動産所得、④事業所得、⑤給与所得、⑥雑所得、⑦一時所得、⑧譲渡所得、⑨退職所得、⑩山林所得の10種類であるが、どれが総合課税でどれが分離課税とされているか?

各種所得と税区分

所得区分

区分

所得の具体例

1.利子所得

×*

預貯金・一般公社債の利子

2.配当所得

×*

上場株式の配当

3.不動産所得

土地や建物の貸付による地代や家賃など

4.事業所得

農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業など、個人で営む事業から生じる所得

5.給与所得

雇用関係に基づき勤務先から支給される給与や賞与など

6.退職所得

×

勤務先から退職時に受け取る退職金、企業年金確定拠出年金の一時金など

7.山林所得

×

山林の伐採または、譲渡による所得

8.譲渡所得

×*

土地・建物などの譲渡益、株式、投資信託などの譲渡益

9.一時所得

懸賞金、生命保険の一時金、ふるさと納税の返礼品 

10.雑所得

上記の9種の所得以外の所得。公的年金、外為預金の為替差益。原稿料、講演料。

参考:大和総研「投資家のための税金読本」(https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/tax/book/20220124_022787.pdf

神野は、上表の〇を総合課税、×を分離課税としている*2

 

空洞化する累進性

(1)利子所得

利子所得は差別性の原則から言えば、給与所得よりも差別的に重課される必要がある。ところが、利子所得は15%の比例税率で、分離課税となる。そのためどんなに富裕な人の利子所得でも、15%で一律課税され、累進税率が適用されない所得税最高税率が現在でも37%、1998年度までは50%であったため、総合課税されれば、豊かな階層の利子所得には高い税率が適用されたはずである。

所得税最高税率は、2007年からは40%、2015年からは45%となっている*3。利子所得の税率は15%(住民税5%)のままなので(復興特別所得税を除く)、その差が開いたと言えそうである。

(2)配当所得

利子所得のように、自動的に分離課税になるわけではないが、35%の税率で源泉分離課税を選択できることになっている。もちろん、豊かな階層は当然、分離課税を選択する

35%の税率とあるが、2003年税制改正で、利子所得と同様の15%(住民税5%)となった。*4

(3)譲渡所得―株式のキャピタル・ゲイン(売買差益)

申告分離課税方式と源泉分離課税方式が選択できる。申告分離課税方式を選択すれば、20%の比例税率で所得税が課税されるだけである。源泉分離課税を選択すると、株式の売買で利益を上げようと損失を被ろうと、売却額に対して1.05%の税率で課税されることになる。一般に申告分離課税よりも、源泉分離課税が選択されている。

源泉分離選択課税は、2003年税制改正で廃止された*5。現在は、申告分離課税所得税15%(住民税5%)である。

(4)譲渡所得―土地の売買差益

5年を超えて所有している土地の場合には、まず100万円の特別控除を受けることができる。その上で4000万以下の譲渡所得には20%の比例税率で、4000万を超える部分の譲渡所得には25%の比例税率で課税される。

現在は、長期譲渡所得(5年超所有)であれば、申告分離課税所得税15%(住民税5%)である。短期譲渡所得(5年以下所有)であれば、所得税30%(住民税9%)である。

(5)退職所得

退職所得控除をした上で、2分の1のみを課税対象とする。

勤続年数が20年超か否かによって控除額の計算式が異なる。税率は1000円から4000万円以上までの7区分で5%から45%までである。

(6)山林所得

五分五乗制が導入されている。つまり、山林所得を5分の1にしたうえで税額を求め、それを5倍にして課税額を算定する。

税額は、「課税山林所得金額 ×5分の1× 税率 × 5」である。

 

このように見てくれば、資産所得、特に金融資産所得は総合課税されないことが分る。差別性の基準から言って重課しなければならない資産所得が、分離課税によって累進税率を免れてしまっている。高額所得者の所得は資産所得の比重が高まるため、高額所得者は高い累進税率の適用を免れ、所得税の累進性は事実上、高額所得者で低下してしまっている。

本書には、「階層別所得税負担の実態(1990年)」(鶴田廣巳、「高齢化と税制改革」)の図表(所得階層と実効税率の関係)が載せられている。最新データで見た場合どうなっているか、いずれ調べてみよう。

*1:シュメルダースの用語Maβsteuerの訳語らしいが、馴染みがない。

*2:×*は、国税庁のタックスアンサーでは、「原則として」総合課税だとしている。神野は、「事実上」分離課税だと言っている。

*3:富裕層に重課になっているようだが、詳細を検討する必要がある。これだけでは何とも言えない。

*4:上場株式の配当の課税関係はやや複雑なので、興味あれば、例えば、https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1331.htm 参照。

*5:利子・配当・株式譲渡益課税の沿革(https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/financial_securities/kabu02.htm)参照。