浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

データ分析をビジネス戦略や政策形成に生かすための鍵

伊藤公一朗『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』(11)

今回は、第6章 実践編:データ分析をビジネスや政策形成に生かすためには?(p.202~)である。

エビデンスに基づく政策形成

アメリカでは数年前から、オバマ前大統領がエビデンス(証拠)に基づく政策形成(evidence-based policymaking)を提唱して、政府における政策形成のあり方を変えようとしている。

2016年、エビデンスに基づく政策のための評議会設置法が、民主党共和党の共同法案として成立した。

伊藤は、評議会の使命の主要なものを2つあげている。

  1. RCT(Randomized Controlled Trial:ランダム化比較試験)などの厳密な科学的方法により政策が評価され、政策効果の因果関係がデータ分析により解明される仕組みをつくる
  2. 政府が持つ詳細なデータを研究者に利用させ分析させる体制を整える

1点目は、まさに本書の各章で扱ってきた項目である。オバマ前大統領や評議委員は、単に「数字やデータを示すこと=エビデンス」ではないという考え方を非常に大切にしている。その理由は、Xという政策がYという結果にどう影響したかという因果関係を科学的に示すデータ分析こそが、政策形成に必要であるためである。

2点目の行政データ利用は、自然実験手法を用いた分析を行うにあたって非常に重要な点である。

例えば、Covid-19に関する様々な政策効果の因果関係がデータ分析により解明されたのだろうか。また、Covid-19に関する信頼できる詳細なデータが公開されているのだろうか。

https://newspicks.com/news/2327823/body/

 

データ分析をビジネス戦略や政策形成に生かすための鍵は何か?

企業内や政府内での意思決定に資するデータ分析を行うためには、どのような取り組みが必要か?

伊藤は、成功の鍵は2つあるという。

成功の鍵1:データ分析専門家との協力関係を築く

データ分析は、コンピュータにあるデータを何らかのソフトウェアで操るという狭義のスキルではない。…例えば、問題に対する答えを出すためにはどのようなRCTをデザインすればよいのか、RCTができない時はどのような自然実験が適用可能か、収集すべきデータは何なのかといった「コンピュータにデータが上がってくる前の段階も含めたスキルや経験」が重要になる。

コンピュータにどのようなデータが入力されるのか? GIGO(Garbage In, Garbage Out)という言葉が思い浮かぶ。例えば、Covid-19死者数はGarbageではないのかという疑念がある。これに疑いを持たない者は専門家とは言い難いと思われる。

こういったスキルを持った人が企業や政府内に既に存在する、又は育てることができる場合は、組織の内部にデータ分析専門家が所属する部署を設けることが一つの解決策である。実際、欧米の企業や政府機関でこの方法を採用しているところは多くある。しかし現実的には、多くの組織ではこういった人材を内部で抱えていないのが現状である。その場合、大学の研究者や研究機関の専門家など、外部の専門家と協力するという道が現実的かつ効率的な第二の解決策となる。

「専門家」とは下記のような能力を持った人である。そのような「専門家」と協力(協働)することは望ましい。しかし、大学の研究者や研究機関の専門家(と呼ばれる人)であっても、このような能力を持たない者は専門家とは言い難い(井蛙・夏虫・曲士であろう)。 

データ分析の専門家が提供できることは、問題の把握から始まり、問うべき問いの検証その問いのために必要となるデータの検証RCTや自然実験のデザイン、そして最終的な分析とプレゼンテーションと多岐にわたるため、協力関係を築くことで解決できることはたくさんある。

引用で赤字にした部分は重要である。特に最初の3つ、「問題の把握」、「問うべき問いの検証」、「その問いのために必要となるデータの検証」は最重要であると思う。このような能力を持った人のみ、「専門家」と言えるだろう。

また、データ分析専門家と現場の協力関係を築くことの重要性は、データ分析の専門家が抱える弱点にも起因ンする。データ分析の専門家は専門的知識を提供できる一方で、現場の声や問題を肌で感じることができない。そのため、当然のことであるが、自分のデスクに向かっているだけでは、真に問うべき問題を把握できないことが多い。更に、問うべき問題だと思って取り組んだ問題が、実は現場にとってはあまり大事な問題ではなかったという、本末転倒な状況に陥ることもある。つまり、データ分析専門家が実りのある分析を行うためにも、データ分析の結果を利用する立場の方々との協力が重要である。

「データ分析の専門家が抱える弱点」というが、データ分析に限らず、いわゆる「専門家」には「問題」を把握する能力があるのだろうか、とさえ思う。「問題」とは、それ単独で存在しているわけではなく、ほとんどあらゆることが関連している。1人の人間があらゆることに「専門家」であるわけがない。「専門家」とされる人たちの中にも意見の相違はある。分析結果を利用する人たちの中にも意見の相違はある。であるならば、「専門家」は謙虚でなければならない。…議論・対話を排除してはならない。

成功の鍵2:データへのアクセスを開く

成功の鍵として挙げられる2点目は、データへのアクセスを可能な限り開かれた形にすることである。「エビデンスに基づく政策のための評議会」では、RCTなどの科学的データ分析を進めるという目的と同時に、政府が持つ詳細な行政データを分析者に利用させる体制を整えるという目的を掲げていた。

データアクセスの公開の方法は多岐にわたる。

第1の方法…データが全ての人に公開されていて、特別な手続きが無くても利用できる。

第2の方法…所定の手続きを踏めばデータにアクセスできる。

第3の方法…あまり開かれた方法とは言えないが、信頼できる専門家だけに門を開く。…守秘義務契約を結び、その契約の条件内での使用に限って認めるというやり方から始める方法が考えられる。その様な形式から始め、徐々に開かれたデータアクセスに移行していった例もある。

コンピュータ化前と比べれば、随分と行政データにアクセスしやすくなっている。それでも、「知りたいこと」があって調べてみようと思っても、なかなかその情報にたどり着けないことが多い。機密情報かもしれないし、あるいはそもそもデータが存在しないかもしれない。データの遡及訂正がなされない(遅い)こともある。(例えば、Covid-19の新規の無症状・軽症・中等症・重症患者数の推移を知りたいと思っても、そのようなデータにアクセスできない)。これではデータ分析は不可能だろう。