浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

『なぜ? どうして?』という謎に答えるには

野矢茂樹『新版 論理トレーニング』(6)

今回は、第Ⅱ部 論証 第5章 演繹と推測(p.71~)である。

演繹と推測はどう違うのだろうか?

  • 演繹も推測も、ある事柄を根拠として何らかの結論を導くものである。
  • 演繹と推測は、その使われる目的が全く異なっている。
  • 推測は、既知の事柄を根拠として、そこからまだ知られていない新しいことを結論として導こうとする。
  • 演繹は、根拠において知られている事柄の内容を、正確に取り出そうとする。
  • 演繹の場合は、根拠として示された事柄を根拠として認めたならば、その結論も必ず認めなければならない。(結論を正しいと認めない人は、根拠で言われていることの意味をきちんと理解していない)
  • 推測は、根拠に示された内容を積極的に越え出ていこうとする。

推測の一つのタイプに「仮説形成」がある。*1

  • 仮説形成は、ある事実をもとに、なぜそうなのかを説明する仮説を立てる。
  • 一般に、推測は導出の確実性において演繹よりも劣る。
  • 演繹の場合には、導かれる結論は根拠で言われている内容の範囲にとどまるため、正しく演繹された場合には、その導出は絶対確実なものとなる。
  • 推測は、根拠で言われている内容を越えて結論を導こうとするため、その導出はどうしても不確実なものにとどまらざるを得ない。
  • 推測は、不完全な演繹ではない。両者は、その使われ方が全く異なる。

 

仮説形成の構造

本章のテーマは「仮説形成」である。

  • 仮説形成は、ある事実をもとに、なぜそうなのかを説明する仮説を立てる。(p.72)
  • ある事柄をもとに、その事柄をうまく説明してくれるような仮説を立てるタイプの推測が「仮説形成」である。(p.74)
  • 仮説形成とは、ある事柄に対して『なぜ? どうして?』という謎に答えるために、その謎を説明する仮説を立てること。だけど、仮説はまだ仮の説にすぎない。だから、仮説を立てたら、その仮説が正しいかどうかを検証しなくてはいけない。(NHK高校講座)*2

NHK高校高座の説明が最も分かりやすい。

野矢は、「彼女は野菜しか食べない。きっと菜食主義者なのだろう」という例をあげて説明している。これを本書の図示をベースに、上記説明を取り入れて図示してみよう。

「彼女は野菜しか食べない」という事実、何故か? これは謎である。この謎を解明するために、「彼女は菜食主義者だ」という仮説が立てられる。この仮説は検証されなければならない。

「謎に対する仮説は通常複数考えられる。だから、想像力をふくらませてさまざまな仮説を考えていかなければならない」(NHK高校講座)。

 

次に「仮説形成の適切さ」について、次の点において評価されるとされている。(p.77)

  • 仮説は(証拠となる)事実をうまく説明しているか?(暗黙の前提は)
  • 仮説形成において前提されていることは適切か?
  • 他に有力な仮説は考えられないか?(他の仮説に説得力がないことを示すこと)

当然の評価事項だろう。

 

**********

私は、「仮説形成」以前にもっと重要なことがあると考えている。

それは、ある事柄に関して「それは何故か?」と問うことである。問題意識を持つことである。

教師などから「与えられた問題」(彼女は野菜しか食べない)に対して、「それは何故か?」と問うだけでは足りない。教師などから「与えられない問題」、つまりある事実・事柄を問題と感じ、それは何故か?と問う力が、社会改革や科学技術の発展には不可欠である。しかし、これは困難な課題である。政治的には、このような問題提起自体が困難(危険)であることもあり得よう。

目に見えている問題、目に見えていない課題/畑中外茂栄(公認会計士・税理士)

 

**********

(補足)以下の議論に誤りがあれば、指摘してください。

野矢は、「彼女は野菜しか食べない。きっと菜食主義者なのだろう」という例を挙げて、「仮説形成の構造」を説明している。(p.74~75)

  • 「彼女は野菜しか食べない」という事実がいま説明を求められており、それを説明するものとして、「彼女は菜食主義者だ」という仮説が立てられた。
  • 「彼女は菜食主義者だ」は仮説であり、「彼女は野菜しか食べない」はその仮説の根拠である。
  • 「彼女は菜食主義者だ」[仮説] は、「彼女は野菜しか食べない」[事実・謎]ということを説明する。
  • 仮説の根拠であり、仮説によって説明される事柄[事実]を「証拠」と呼ぶ。

この説明の理解のために、次の図を描いてみる。

「彼女は野菜しか食べない」は「彼女は菜食主義者だ」という仮説の根拠であるというが、上図の重なり合った部分Bを指して言っているのだろう。それは、仮説形成の根拠とはなり得るが、その仮説が十全であることを意味しない。

「彼女は菜食主義者だ」[仮説] は、「彼女は野菜しか食べない」[事実・謎]ということを説明するというが、重ならない部分C(菜食主義者ではないが、何らかの理由により野菜しか食べない)があるならば、仮説は事実(謎)を説明しない。

仮説の根拠であり、仮説によって説明される事柄[事実]を「証拠」と呼ぶというが、これを証拠と呼ぶのは適切であるとは思えない*3。「事実認定のための人的証拠、物的証拠、状況証拠など」がどこに示されているのだろうか。

もっとも、野矢は、「複雑な場合、仮説だけでは証拠となる事柄[事実]を説明できず、そこに何らかの前提が必要とされる場合がある」と述べている。前提と呼ぶかどうかは別として、事実をうまく説明できなければ更なる証拠が必要となるだろう。

*1:推測のタイプには、仮説形成の他、帰納、類推(アナロジー)、蓋然的な推論などがある(注58)が、ここでは「仮説形成」について詳しく説明される。

*2:『NHK高校講座 ロンリのちから』第7回 仮説形成。監修:野矢茂樹

*3:

証拠」という言葉は、次のような意味に理解するのが一般的だろう。

  • 事実・真実を明らかにする根拠となるもの。あかし。しるし。「証拠を残す」「動かぬ証拠」「論より証拠」(デジタル大辞泉
  • 裁判所が裁判の基礎となる事実を認定するために必要とする資料。証人・鑑定人などの人的証拠、文書・証拠物などの物的証拠、またそれらによらず、状況で推定した状況証拠などがある。(日本国語大辞典

証拠とは、「事実認定のための人的証拠、物的証拠、状況証拠など」と理解しておいたほうが良いだろう。