浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

価値判断/規範を結論とする論証

野矢茂樹『新版 論理トレーニング』(7)

https://classy-online.jp/fashion/176426/

1.マスクをすべきである/マスクをする必要はない。(規範)

2.マスクを外しても美人である/美人ではない。(価値判断)

この主張の根拠は何であるか? そして説得力はあるか?

 

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今回は、第Ⅱ部 論証 第6章 価値評価(p.87~)である。

価値評価とは

価値判断(~は良い/悪い)や規範(~をすべきだ/すべきではない/する必要はない)に関する主張を結論として導くタイプの論証を、「価値評価型論証」あるいは「価値評価」と呼ぶ。

「価値評価」と短縮しては意味不明となるので、「価値評価型論証」(=価値判断/規範を結論とする論証)と覚えよう。

価値評価の論証構造

  • 価値や規範を巡る主張の場合には、それを推奨・推進する根拠、あるいは逆に拒否・抑止する根拠が問題となる。
  • 価値に関わる論証の多くは、ある対象のどの側面が良いのか、あるいはどの側面が悪いのかを指摘し、それによってその対象を評価するという形をとる。
  • 規範に関わる論証はしばしば、あることを行うと仮定するとどのような良いことが生じるか、あるいはどのような悪いことが生じるかを指摘し、それによってそれをすべきかどうかを判断するという形をとる。
  • その場合には、いったん仮定を立て、その仮定の下で議論をしてから、その結果に基づいて結論を出す、という論証の構造を持つことになる。

1.仮定を含まない論証の場合

第4章で見たような論証と構造は同じであるということなので、再掲しよう。

論証とは、ある結論に対して何らかの形で根拠が提示されているもののことである。

 根拠→(導出)→結論

論証は根拠と導出を含む全体である。適切な根拠から、適切な導出によって、結論が導かれていること。

価値評価の場合には、

論証の結論は価値判断や規範に関する主張であり、それ故また根拠にはしばしば価値観や規則が示されるが、論証の構造自体に関して言えば、特に注意すべきことはない。

野矢の挙げている例は次の通り。

 例1:①安全性が高いから、②この車は良い。

 例2:①スピードが出ないから、②この車は良くない。③デザインも何だか冴えないし。

 例3:①家族でのんびり乗ることが多いから、②車は安全性が高いほうが望ましい。③この車は安全性が高い。だから、④この車は良い。

以前と同様、論証図をEXCEL論理関数で表現してみる。

 例1:IF(①,②,②でない)

 例2:IF(OR(①,③),②,②でない)

 例3:IF(①,②,②でない)、IF(AND(②,③),④,④でない)

野矢は、例3を、

①という理由のもとに②という価値基準が示され、そして、価値基準②からみて③が肯定的に評価され、④と結論される。そこでこれは、②+③という根拠から④が導かれる論証として表せる。

と説明している。

2.仮定を含む論証の場合

規範(~をすべきだ/すべきではない)に関わる論証の場合、しばしばあることを仮定し、そうするとどういう良いこと/悪いことになるかをその仮定の帰結として示し、そこから結論を導くというタイプの論証を行う。

例4:①死刑制度を廃止すると、②凶悪な犯罪が増える。だから、③死刑制度は廃止すべきではない。

ある仮定を立て、その帰結を調べることから、その仮定の承認/拒否を結論するのであり、このようなタイプの論証は「間接論証」と呼ばれる。(根拠が直接的に結論を導くタイプの論証[上記1]は「直接論証」と呼ばれる)。

ポイントは仮定を立ててその帰結を調べることにあるから、どれが仮定されたことなのか、そしてどれがその仮定から導かれた帰結なのかをはっきりさせることが、最も大事なことである。

[例4について言うと]現実に凶悪な犯罪が増えていると言っているのではなく、もし死刑制度を廃止したとしたら、凶悪な犯罪が増えることになる、と言いたいのである。そしてそれを受けて、③という結論を出す。ここで、③という主張はもう仮定の中の話ではない現実のこととして、「死刑制度を廃止すべきではない」と主張している

私は、この例4を見て、

 例4改:(ア) 死刑制度を廃止すると、凶悪な犯罪が増えるので、(イ) 死刑制度は廃止すべきではない

と書き換えられ、直接論証(根拠→(導出)→結論)と同型ではないかと思った。但し、この根拠(ア)には「仮定と帰結」が含まれる。言い換えると、この「仮定と帰結」をもって、一つの根拠となる。従って根拠となる主張の適切さは、「仮定と帰結」からなる主張の適切さになる。この例では、「死刑制度廃止→■→凶悪犯罪増加」の■が明らかにされなければ、説得力はない。野矢は「いったん仮定を立て、その仮定の下で議論をしてから、その結果に基づいて結論を出す」と述べていた(冒頭の「価値評価の論証構造」参照)。ところが、この例4ではそのような議論(■)が示されていないので説得力がない。

ところで、この例のどこに「価値判断/規範」があるか? 復習になるが、「死刑制度は廃止すべきではない」(結論)が価値判断/規範である。この結論を支持しうるか否かは根拠の説得力次第である。

 例4反:(ア) 死刑制度を維持することは、殺人を肯定することになるので、(イ) 死刑制度は廃止すべきである。

この例の「価値判断/規範」は、「死刑制度は廃止すべきである」(結論)であり、上記と正反対の結論である。この結論を支持しうるか否かは根拠の説得力次第であるが、(ア)は舌足らずであり*1説得力がない。

次に、この例のどこに「価値基準」があるか? 価値基準とは、例3の「車は安全性が高いほうが望ましい」がその一例である。例4では、「凶悪な犯罪が増えることは望ましくない」、例4反では「殺人を肯定すべきではない」が価値基準となろう。例3、例4では誰もがこの価値基準を認めるだろうが、例4では異論がありうる。ということは、価値基準も議論の対象になるということである。(価値基準は、「価値観」と言っても良いのではないか。)

 

例5は、間接論証と直接論証の混合とされているが、このうち間接論証の部分を取り出すと、

例5:①刑罰は、犯罪を犯した者を立ち直らせるために科されるべきである。しかし②死刑にしてしまうと、③犯罪を犯した者を更生させることは絶対に不可能となる。だから、⑤死刑は廃止すべきだ。

仮定②から③が帰結する。しかし、③は①の観点からして望ましくない。そのことから、⑤が結論される。

これを、次のように書き換えてみよう。

例5改:(ア)刑罰は、罪を犯した者を更生させるために科されるべきであるが、死刑にしてしまうと、更生させることは不可能なので、(イ)死刑制度は廃止すべきである

(イ)の価値判断/規範の根拠は、(ア)である。根拠の適切さを考える上では、①②③をひとまとまりのものとして、即ち(ア)として把握するのが考えやすい。本例の「価値基準」は、「刑罰は、罪を犯した者を更生させるために科されるべきである」だろう。この価値基準から、価値判断/規範が導きだされている。この価値基準には異論があり得る*2。なお、仮定②→帰結③は当然なので、論点ではない。

 

例4と例5とでは、結論が正反対である。いずれが妥当か。これは、価値基準の対立によるものか、それとも事実認定(解釈)の違いによるものか?

根拠となる例4改の(ア)と例5改の(ア)を再読してみよう。例4は事実認定(解釈)の問題であるように思われる。例5は価値基準である。例4と例5とでは、事実認定(解釈)が相反するわけではない。また価値基準が相反するわけでもない。

 

価値評価型論証の適切さ

提出された論証それ自体に即してその適切さがチェックされねばならない。これに関しては第4章で述べた点(1.論証で用いられている根拠は正しいか、2.導出の関連性は十分に強いか)がそのままあてはまる。

価値評価[価値判断/規範を結論とする論証]の適切さは、ただその論証それ自体の適切さをチェックするだけでは十分ではない。…提示された論証とは反対の結論を導くような他の価値評価を、「対立評価」と呼ぶ。価値評価は多面的であるから、対立評価を提示することは常に可能である。

「対立評価」という言葉を用いなくても、「死刑制度は、廃止すべきではない/廃止すべきである」というように、反対の結論を導くような論証があり得る、と述べておけば良いのではないかと思われる。

そこで相手の提出した価値評価よりもこちらが提出した対立評価のほうが説得力を持つならば、その分だけ相手の論証は弱いものとされ、より説得力のある対立評価を提出し得ないのであれば、問題となっている論証はそれだけ強いものということになる。

但し、複数の対立しあう評価が存在するとき、そのどれが最も説得力を持つのかは厄介な問題であり、その人の価値観・規範意識に大きく依存することになる。そして最後は決断の問題となるだろう。

私は、結論(価値判断/規範)が対立しあう論証のどれが説得力を持つのかに関して、もっと詳しく聞きたかったのであるが、「その人の価値観・規範意識に大きく依存することになる。そして最後は決断の問題となる」と言われては、いささか拍子抜けの感じがする。

異なる「価値観・規範意識」にいかに対処するかが問題なのであり、「論理」の観点から言うべきことはないのだろうか?

*1:「いかなる場合にも人を殺してはいけないのか。自衛のために止むを得ず人を殺すことも許されないのか。死刑は社会全体の安全・安心確保のための必要悪ではないのか」というような反論にこたえられなければ説得力はない。

*2:「刑罰は、罪を犯した者に報復するためにある(目には目を、歯には歯を)」など。