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インボイス制度 → 個人事業主の受難

神野直彦『財政学』(34)

インボイス制度」の導入(2023/10)が話題になっている(※)。今回は、第14章 生産物市場税の仕組みと実態 の続き(p.202~)であるが、インボイス制度にも言及がある。

(※)課税事業者が消費税を算定するにあたり、仕入控除するためには課税事業者の発行するインボイス(適格請求書)が必要である。そのため免税事業者が課税事業者に財・サービスを販売するにあたり、課税事業者になることを迫られる。課税事業者は消費税申告をしなければならない。(参考:令和3年分 消費税及び地方消費税の確定申告の手引き 個人事業者用(一般用)

 

製造者消費税から小売売上税へ

前回は、個別の生産物に課税される個別消費税から、生産物一般に課税される一般消費税へ移行したという話だった。この一般消費税とは、第1次大戦末期に(戦費調達のために)ドイツとフランスで導入された取引高税であるという。*1

取引高税は、財・サービスの取引が実施される度に、取引高[売上高]を課税標準として課税される。この取引高税は取引が繰り返されるたびに課税されるため、租税負担が累積されていく[上例では、累積110の税額となる]。これをカスケード効果と呼ぶ。

租税負担を少なくしたい業者はどのように対処するか。例えば、卸売業者と小売業者が統合すれば、上例では、35+50=85の税額が50で済む。即ち、「企業間で垂直統合が進み、独占という好ましくない結果が生じる」ことになる。そこで税務当局は、「製造段階、卸売段階、小売段階といういずれか一つの取引段階で、一般消費税を課税する」(単段階の一般消費税)ことを考える。

そこで製造者消費税*2、卸売売上税、小売売上税という一般消費税が生まれる。取引段階の下流で課税すればするほど、課税ベースは大きくなるので、製造者消費税よりも卸売売上税のほうが、卸売売上税よりも小売売上税のほうが、低い税率で同じ税収を上げることができる。ところが、取引段階が下流になるに従い納税者が増え、…税務行政の執行が困難になる。

製造業者が卸売業者に販売する時点で、製造業者のみに課税(卸売業者以降は非課税)にするとどうなるか。

[製造業者は]卸売業者に一定の作業をさせることで、製造業者の販売価格を低めることができる。

そこで卸売業者に課税する卸売売上税(卸売業者のみ課税し、製造業者・小売業者は非課税)にするとどうなるか。

製造業者は、卸売業者を介在させずに[卸売機能を取り込み]、小売業者に販売することになるので、製造業者も課税業者*3にしなければならない

上述の如く、製造売上税(製造者消費税)が卸売売上税に移行せざるを得ないのと同様に、卸売売上税は小売売上税(小売業者のみ課税)に移行する。

小売売上税では、卸売業者も課税業者としなければ、卸売業者は[小売機能を取り込み]直接、消費者に販売して課税を免れてしまう。そうなると製造業者を含め、企業をすべて課税業者にせざるを得なくなる

 

付加価値税

すべての企業を課税業者にするということになると、お馴染みの上図のようになる。(納付税額は、売上に係る税額-仕入に係る税額である)。各業者が納付する税の合計は、消費者が小売業者に支払うとされる税額に等しい。

これが何故「付加価値税」と呼ばれるのか。

例えば、卸売業者は500で仕入れて(外部支払)、700で販売した。即ち、付加価値200である。付加価値に税率10%を乗ずれば、「売上に係る税額70-仕入に係る税額50」に等しい。

以上の説明は、小売売上税から付加価値税が誕生するというものである。

 

税額控除方式と売上高控除方式*4

税額控除方式は、税額=売上高×税率-仕入高×税率と算定する。売上高控除方式は、税額=(売上高-仕入高)×税率と算定する。この算式では、当然ながら税額は等しい。しかし、「免税」や「軽減税率」が導入されると、両方式で税額が異なってくる。

まず「軽減税率」(複数税率)の場合、売上に係る対象品目の複合税率と仕入に係る対象品目の複合税率の構成比が異なれば、当然に両方式で税額は異なる。

次に「免税」であるが、神野は具体例を示しているのでこれを見ていこう。(表14-2(c)、但し、様式・数字は変えてある)。

卸売業者が免税業者であるとする。小売業者の納付税額は、売上高控除方式では、(1000-700)×10%=30であり、納付税額総計(税収)は、100から80に減少する。

小売業者の納付税額は、税額控除方式では、1000×10%-0×10%=100であり、納付税額総計(税収)は、100から150に増加する。ここでは、免税業者である卸売業者は、税率・税額を区分表示した納品書=請求書(インボイス)を発行しないものとしている。

 

取戻し効果

税額控除方式で免税業者が入ると、税収総額が逆に増加してしまう。これを税収の取戻し効果(catching effect)という[免除された税金を取り戻すの意味?]。

免税業者から仕入れた業者[上例では小売業者]は、[仕入税額控除ができないので]納付税額が増加する。そのため免税業者から仕入れなくなってしまう。このように税額控除方式で、免税業者が取引から排除される効果を、排除効果と呼んでいる

インボイス制度」の導入で問題とされるのは、まさにこの「免税業者が取引から排除される」という点である。次回にもう少し詳しく検討しよう。(→免税点制度

 

ゼロ税率

輸出の場合、消費税率はゼロとされている。

輸出などには、ゼロ税率が導入されている。小売業者の輸出にゼロ税率が適用されると、卸売業者の請求した税額70が、マイナスとなり(1000×0%-70=-70)、そのマイナスとなった税額70が税務当局から還付される。

ゼロ税率について、神野はこれ以上説明していない。次回にもう少し詳しく検討しよう。(→輸出企業の消費税還付

 

日本の消費税

日本の消費税は、「消費税」とネーミングされているけれども、付加価値税である。しかし、ヨーロッパ型のインボイスを使用する税額控除方式の付加価値税ではなく、帳簿で処理する売上高控除方式の付加価値税である。

この説明はちょっと紛らわしい。上に見た通り、税額控除方式の税額は、「売上高×税率-仕入高×税率」であり、売上高控除方式の税額は、「(売上高-仕入高)×税率」であったから、基本的には同じである。異なってくるのは、「免税」や「軽減税率」がある場合である。

ところで消費税申告書は、「売上高×税率-仕入高×税率」で、税額を算出している。だとすると、「税額控除方式」ではないのか。神野は次のように説明している。

日本の付加価値税を、税額控除方式だという説明もないわけではない。帳簿によって仕入れ商品について、既に支払われていると思われる消費税額を計算し、売上高に対する消費税額から控除して、納税額を算定するからである。しかし、帳簿を使用するため、実質的には売上高控除方式と言わざるを得ない。実際インボイスを使用しないため、インボイスを方式に基づく税額控除方式の特色は存在しない。取戻し効果もなければ、自動制御効果*5も存在しないのである。

つまり神野は、仕入に係る税額を算定するのに、インボイス(税率・税額を明記した請求書)に基づくのではなく、帳簿(仕入帳)に基づき算定している*6、という違いを重視しているということであろう。

そうであれば、税額控除方式と売上高控除方式という区分よりも、みなし消費税」で算定しているか否かで区分したほうが良いだろう。

*1:租税の歴史は、いずれ詳細をみることにしよう。防衛力(=軍事力)増強は、増税となる可能性が高い。

*2:製造者消費税という言葉は紛らわしい。製造売上税で良いのではないか。

*3:神野は「登録業者」という言葉を使っているのだが、ここでは簡便に「課税業者」とした。

*4:神野は「前段階税額控除方式」「前段階売上高控除方式」と言っているが、ここでは「前段階」という言葉を省略した。

*5:自動制御効果については、引用を省略した。

*6:仕入先からの請求書が、消費税を区分表示せず、1000だったとき、1000÷1.1で税抜き金額を算定し、それに0.1を乗じて、仕入に係る消費税を算定する。