浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

インボイス制度 → 個人事業主の受難(続)

神野直彦『財政学』(35)

(前回の続き)

免税事業者の大部分は個人事業者自営業者であり、一部小規模企業が含まれる。下記のような仕事をしている人である。

レストラン、ラーメン店、寿司屋、カフェ、魚屋、八百屋、パン屋、洋品店靴屋、家具店、書店、雑貨店、ネットショップ運営、美容院、理髪店、学習塾、語学教室、料理教室、フィットネスジム、デザイナー、映像クリエイター、WEBデザイナープログラマー、個人タクシー、建築請負、大工、電気工事、設備修理、機械設計、翻訳、貸家、駐車場経営、各種機械部品賃加工、廃棄物処理、自動車整備、労働者派遣、クリーニング店、弁護士、税理士、司法書士社会保険労務士行政書士、等々(体系的に分類しているわけではない。重要なものでモレがあるかもしれない)。

 

免税点制度

免税事業者とは、基準期間(個人の場合は前々年、法人の場合は前々事業年度)における課税売上高が1,000万円以下の事業者で、消費税の納税義務が免除される制度(事業者免税点制度)の適用を受ける事業者をいう。(財務省他)*1

消費税の事業者免税点制度は、小規模事業者の納税事務負担等に配慮して納税義務を免除する制度である。消費税の事業者免税点制度については、「消費一般に幅広く負担を求めるという消費税の趣旨、あるいは経済社会に対する中立性の確保という観点からは、免税事業者の制度を極力設けないということが望ましい」とされる一方、「小規模な事業者の事務負担や税務執行コストへの配慮から設けられている特例措置」であると説明されてきている。(山田晃央)*2

免税事業者は、個人事業者や自営業者とは異なるが、上記のような職種で、小規模な業者と考えておけばよいだろう。

先に[売上高控除方式]の図表(再掲、図1)で、卸売業者(免税事業者)は消費税70を請求し、小売業者(課税事業者)に消費税を転嫁しているように図示したが、これは実態に合っているだろうか。

ここで、消費者向けの値付け(売価設定)について考えてみよう。

小売業者は(消費者相手に)どのように値付け(売価設定)をするだろうか。コスト・品質・在庫・差別化・購買心理・売価と数量の関係等いろいろ考えて値付けする。これは課税事業者も免税事業者も同様である。ここでは購買心理を考慮して台割れの値付け(端数価格)の例とした。では端数価格をどのレベルで設定するか。現在は税抜価格を端数表示しているところが多いように思うが、今後は税込価格を端数表示するところが増えてくると予想する。(小売業者は税抜価格表示で頑張っているところを見せたいのかもしれないが、消費者としては税込みの支払額が気になるところである)。

ここで言いたいのは、(消費者相手の商売では)適正価格891がまず最初に決められ、その後に消費税89が上乗せされ、消費者に転嫁しているのではないということである。そうではなく、販売価格980がまず最初に決められ、逆算で税抜本体価格891と消費税89が決められるのである。これは端数価格だけではなく、他の値付け要因でも言えることである。以上の話は、小売業者が免税事業者であるか課税事業者であるかには関係ない。

 

小売業者が免税事業者の場合を考えてみよう。(図3)

図2と図3で、何が異なるのか。

(図2)課税事業者は、税抜価格で損益を考えている。売上高891、仕入高700、差引191で損益計算をしている。

(図3)免税事業者は、税込価格で損益を考えている。売上高980、仕入高770、差引210で損益計算をしている。

免税事業者が課税事業者になれば(図3→図2)、210-191=19の損益悪化(利益減少または損失増大)となる。

値札が区分表示されていようといまいと関係ない。また消費者にとっても、区分表示されていようといまいと関係ない。

消費者相手のみの商売(BtoC)であれば、インボイス制度が導入されても免税業者のままでいて何の問題も生じない。しかし相手が課税事業者(BtoB)の場合には、免税事業者から課税事業者への移行を余儀なくされるか、取引をやめるかの選択を迫られる。(なお、上図の「消費者」には、課税事業者の消費(文房具とか、制服とか、接待の飲食代とかを含む)。

インボイス制度の導入が議論の対象となるのは、免税事業者である小規模事業者の一部にとっては、損益悪化により、廃業の危機に立たされる可能性があるという点にある。そのような免税事業者はどれくらいいるのだろうか。山田(脚注2)によると、免税事業者数:513 万者超、課税事業者数:310 万者である*3。このうち、課税事業者に販売している免税事業者がどれ位なのかはわからないが、冒頭の個人事業者/自営業者/小規模企業の業種(職種)をながめていると、かなりの数にのぼるように思われる。

しかし……業種(職種)によって異なるところはあるだろうが、個人事業者/自営業者/小規模企業にとっては、需要の停滞、競争激化、後継者難(高齢化)等が大きな問題点であり*4、消費税が免税から課税になることは問題ではあるが、大きな問題点ではないのかもしれない。中小零細企業を温存保護するのではなく、効率的な経営を支援する/大手資本の系列下におくというのが、政策の方向性なのだろう。

 

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<検討中のメモ>

1.「消費税」と「売上税」と「付加価値税

神野は、「日本の消費税は、消費税とネーミングされているけれども、付加価値税である」と述べていた。製造、卸売、小売の各段階で、取引高(売上高)に課税するのであるが、仕入高(前段階の売上高)に係る税額を控除するのは、税の累積を排除するためであるに過ぎない。従いこれは、各段階の取引高(売上高)に課税する取引高税(売上税)であるといって良い。それ故、これを「消費税」と呼ぶのはおかしい。この税金は、消費者が消費する「消費財」にだけ課される税金ではなく、「生産財」の取引にも課される税金でもあるからなおさらである。

税額計算は「売上高×税率-仕入高×税率」で計算されるが、「売上高-仕入高」は「付加価値」だから、税額は「付加価値×税率」で計算されるといって良い。これは実質的に付加価値税である。

取引高税(売上税)を付加価値税と称するのは単なる呼び方の違いに過ぎないのだろうか。「売上高-仕入高」は、「人件費+利益」であるから*5付加価値税額は、「人件費×税率+利益×税率」に等しい。そうすると、人件費には所得税という税金が課され、利益には法人税が課されるので、同じ対象に二つの税金が課されることになる。「それは違う」というなら、「付加価値税」と呼ぶべきではない。あくまでも「取引」に課す税金である。なぜ「取引」に税金を課すのか。それは「私たち」が、法によって「安全な取引」を担保しているからである。

2.「消費税」という言葉の誤用

財・サービスの消費になぜ税金を課すのか。奢侈品に税金を課すというのはわかるが、財・サービス全般に税金を課すというその課税根拠は何なのか理解しがたい。

製造業者が卸売業者と取引する時、卸売業者は製造業者の生産物を「消費」しているのだろうか。小売業者が卸売業者と取引する時、小売業者は卸売業者の商品を「消費」しているのだろうか。消費者が小売業者から商品を購買する時、その商品を消費しているのだろうか。その商品を使用(利用)してはじめて「消費」ではないのか。

各段階の税金は転嫁されて、最終的には消費者が負担するのだから「消費税」と呼んでも良いではないか、と言われそうだが、私が「消費税」という言葉にこだわっているのは、消費税の課税根拠がわからない(なぜ消費に税を課すのか。所得が無ければ消費されないのだから、所得税だけで良いのではないか?)からである。(納得できる根拠があれば撤回する)

神野は、「インフレが激化した第一次大戦末期に、一般消費税が登場することとなった」(pp.201-202)と述べていた*6。(一般消費税:奢侈品だけでなくすべての生産物に取引価格を基準に課税する)。当初は戦費調達のために、現在は軍事費調達のためだけでなく、さまざまな財政支出を賄うために「取引高税」が必要とされてきたということだろう。

3.国税庁による「消費税」の説明は正しいか?

国税庁は、次のように説明している*7

  1. 消費税は、商品・製品の販売やサービスの提供などの取引に対して広く公平に課税される税で、消費者が負担し、事業者が納付する。
  2. ほぼ全ての国内における商品の販売、サービスの提供を課税対象とし、取引の各段階ごとに標準税率10%、軽減税率8%の税率で課税される。
  3. 消費税は、事業者に負担を求めるものではない。税金分は事業者が販売する商品やサービスの価格に含まれて、次々と転嫁され、最終的に商品を消費し又はサービスの提供を受ける消費者が負担することとなる
  4. 生産、流通の各段階で二重、三重に税が課されることのないよう、課税売上げに係る消費税額から課税仕入れ等に係る消費税額を控除し、税が累積しない仕組みとなっている。
  5. 税金が価格の一部として移転することを、税の転嫁という。

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税金は、取引の各段階ごとに課される。原材料製造業者に対しては、完成品製造業者との取引が成立し履行された時点で、取引高=売上高20,000に税率10%の税金(これを「消費」税というのは誤用)が課せられ、申告・納付の義務が生じる。(完成品製造業者→卸売業者、卸売業者→小売業者、小売業者→消費者についても同様である。消費者は申告・納付しない)。ここで重要な点は、

第1に、取引価格が決められた後に税金が課されるということである(従価税)。取引が成立する限り、取り損ねる心配のない税金である。取引価格がいかように決められようと(赤字覚悟の取引価格であろうと)関係なく、納付すべき税金である。取引価格の決定は、(競争市場下で)コスト・品質・在庫・差別化・購買心理・売価と数量の関係等さまざまな要因によってなされる。主導権は売り手側にあるかもしれないし、買手側にあるかもしれない(力関係による)。

第2に、原材料製造業者の売上と完成品製造業者の仕入は同じ(同一取引)である。完成品製造業者の仕入に係る税金は、原材料製造業者の売上に係る税金と当然に等しい(コインの裏表)。これを「税の転嫁」と呼ぶのはおかしい*8。以下同様である。

第3に、例えば完成品製造業者が卸売業者と取引する時、仕入に係る税金は考慮されない。取引価格50,000が決められるとき、仕入税額2,000が考慮されることはない。課税業者は、税抜きで損益を計算するので、消費税が損益に影響を与えないことを知っている。だから、「税金分は事業者が販売する商品やサービスの価格に含まれている」(国税庁の説明3)というのは、正確には「税金分は、事業者が販売する商品やサービスの価格に加算して請求している」というべきだろう。前段階の税金を加算しているのではない。即ち、転嫁しているのではない

では、最終消費者は税金を負担していないことになるのか。小売業者は、税抜価格100,000に、税金10% の10,000を加算して、消費者に請求しており、消費者は合計110,000を支払っている。だから、この税金10,000は「消費税」といって良い。これは、原材料製造業者~小売業者の納付税額合計(2,000+3,000+2,000+3,000)と必ず一致する。なぜなら、[①]+[②-①]+[③-②]+[④-③]=④ だからである。これは各段階の納付税額を左辺のように計算しているからである。各段階の税抜価格が、前段階の税額とは何の関係もなく決められても、この算式は成り立つ。試しに、完成品製造業者と卸売業者の取引価格50,000を変更してみればよい。従って、消費者が負担する税金(消費税)は、小売業者が設定する価格の10%である

小売業者が仕入れる「卵」の仕入価格が1パック10個入りで税抜160円(税込176円)のところ、通常日の販売価格を税抜216円(税込238円)、特売日の販売価格を税抜90円(税込99円)とした場合、消費者が負担する消費税は、通常日は22円、特売日は9円である。仕入価格(税込)に含まれる16円は、消費税とは関係ない

*1:財務省他「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A

*2:山田晃央「消費税の事業者免税点制度の在り方についての一考察」(2017/6)

*3:

「者」という単位について…国税庁タックスアンサーは「事業者」について説明している。

事業者」とは、個人事業者(事業を行う個人)と法人をいう。

(1)個人事業者の場合…例えば、小売業や卸売業をしている人をはじめ、賃貸業や取引の仲介、運送、請負、加工、修繕、清掃、クリーニング、理容や美容といった業を営んでいる人はすべて事業者になる。さらに、医師、弁護士、公認会計士、税理士などの人も事業者になる。

(2)法人の場合…株式会社などの会社、国、都道府県や市町村、公共法人、宗教法人や医療法人などの公益法人など、法人はすべて事業者になる。なお、法人でない社団または財団で、代表者または管理人の定めがあるものは、法人とみなされることにより事業者となる。(No.6109 事業者が事業として行うものとは

*4:

総務省統計局「個人企業経済調査」、「個人企業経済調査に関するQ&A(回答)」、「2021 年(令和3年)個人企業経済調査結果の概要

*5:ここでは「減価償却費」を無視して考える。

*6:本ブログ「個別消費税と一般消費税」(2022/5/27)参照。

*7:国税庁消費税のしくみ」、「消費税はどんな仕組み?」参照。

*8:転嫁とは、「① 再度嫁入りすること。② 罪過や責任などを他になすりつけること」(日本国語大辞典)。さしずめ、「税金」という厄介者を、次の者になすりつける(払ってもらう)という意味かな?