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気の向くままに

形而上学・倫理学・法哲学・社会学・自然学・美学・その他諸々について書いてみたい幼稚園児のブログです。まあ、しかし焦らずにゆっくりと、気の向くままにいきましょう。

「音楽は国境を越える」というイデオロギー?

アート 読書ノート

岡田暁生『音楽の聴き方』(12)

いま読んでいる箇所は、第3章「音楽を読む-言語としての音楽」である。音楽を読むとは、音楽(クラシック音楽)は、言語的な構造を持つので、それは「読む」ものでもある、ということであった。

音楽は聴くものであると同時に、読んで理解するものである。そして音楽を正しく読むためには、「学習」が必要となってくる。文法規則を知り、単語を覚えなければならない。音楽には語学と同じように学習が必要な面がある。これが意味するところはつまり、「音楽にも国境はある」ということに他ならない。サウンドとしての音楽は国境を越えるだろう。甘い囁きや苦悶の絶叫は、細かい意味内容を知らずとも、万人に理解できる。だが言語としての音楽は、文法と単語をある程度知らなければ、決して踏み込んだ理解はかなわない。

クラシック音楽は、言語的[物語的]な(言語的というより物語的といった方が良いと思う)構造を持つので、文法と単語をある程度知らなければ、理解が深まらないというのは、その通りだと思う。しかし「音楽にも国境はある」という言い方には同意できない。なぜ、ここに「国家」をもってこなければならないのか。(言語的[物語的]な)構造と言語は異なるだろう。また言語と国家は異なるだろう。音楽に構造があるというのは分かる。しかし音楽と言語は違うだろう。私はあくまで音楽は「サウンド」が本質的なものであると考える。

 

それでは一体なぜかくも頻繁に「音楽は国境を越えた言葉だ」という表現を人が口にするのかと考えたとき、これと密接に関わっていたと想像されるのが、「音楽は語れない」のイデオロギーである。音楽は言語では語れないサウンドだからこそ、国境を越えて誰にでも直接訴えるのだ。もし音楽がそれ自体言語であるなら、人はそれを理解するために学ばねばならない。それでは分かる人と分からない人が選別されてしまう。「音楽は語れない」と「音楽は国境を越えた言葉だ」は、ともに音楽の言語性格の否定であるという点で、根は同じなのである。音楽は誰にでも分からなくてはならないという呪縛である。

「音楽は語れない」イデオロギーの主張が、「音楽は言語では語れないサウンドだからこそ、国境を越えて誰にでも直接訴えるのだ」というものであれば、これはおかしいと思う。第一に、音楽と言語は異なるものだとしても、「音楽は言語では語れない」とは言えない(音楽評論家は言語で語っているだろう)。第二に、音楽が言語で語ることが出来ようが出来まいが、サウンドである限りは、「国境を越えて誰にでも直接訴える」と言えるだろう(共感できるかどうかは別問題である)。また、「音楽は語れない」が一面の真実をついているとしても、「音楽は誰にでも分からなくてはならないという呪縛」にかかっているとは思われない。

 

19世紀は国民国家の時代であった。言語と民族と歴史を共有する「国民」が一つの独立国家を形成するという考え方は、この時代に初めて誕生した。19世紀になって初めて、民族/言語が国家の統一単位だと考える人々が出てきたのである。だが同時に民族独立運動の19世紀は、人々が全人類の融和の夢を見始めた時代でもある。かっての教会や国王のような、超国教的な統治者がいなくなった世界に、いかにして再び統一を与えるか? こうした状況の中で特別な使命を与えられたのが、音楽ではなかったか。つまり、言語が世界を構成する「国家/国民」という単位にアイデンティティを与えたとすれば、言語による分割を再び無効にして、感動の坩堝の中で世界を再統一するのが音楽というわけである。「いざ抱き合え、幾百万の人々よ!」――ベート―ヴェンの《第九》が描いたのは、まさにこうしたユートピアであったと、私には思える。

「言語が、世界を構成する「国家/国民」という単位にアイデンティティを与えた」とは、どういう意味か。言語と国家は1対1対応しない。1言語が複数国で使われることもあるし、1国で複数言語が使われることもある。

「言語による分割を再び無効にして、感動の坩堝の中で世界を再統一するのが音楽」とは、あまりに大袈裟だ。…「音楽は語れない」と言ったのが誰か知らないが、音楽が「世界を再統一する」はずもなかろう。

 

もう少しうがった言い方をするなら、音楽は自国中心文化のグローバル化を図るための、格好の手段であったとも考えられよう。周知のように19世紀になると、数多くの民族が独立した国家を作ることを希求すると同時に、自分たちの国民アイデンティティとしての音楽を持つことを熱望するようになる。ウェーバーヴェルディショパンといった国民学派の作曲家たちは、こうした背景から登場してきた、そして国民音楽は民族を結集させるアイデンティティの核であると同時に、その民族文化を国境を越えて普遍化する役割を与えられていた。それの最も成功したのはドイツであったわけだが、自国の音楽を世界基準として流通させる際の標語が、「音楽は言葉ではない/国境を越えている」だった可能性は、それが潜在意識的なものであったとしても、かなり高いはずだ。本当はその文化に精通しなければ理解のかなわぬ「言語」であるかもしれない音楽を、自国の中心性は隠したまま、「国境を越えている」と言い立てて世界に広めるわけである。

例えばショパンの音楽を「ポーランドの魂」と呼び、それがポーランド人以外には理解不能であることを言外に匂わせつつ、それを「国境を越えた言葉」と信じる日本人や中国人やアルゼンチン人に弾かせ、そして「世界言語としてのショパンの音楽」の中心地であるワルシャワショパン・コンクールへと詣でさせるといったからくりには、「国境を越えた音楽」イデオロギーの二重性が端的に現れているように思う。

「国民音楽」は、本当に岡田の言うようなものだったのだろうか。(史実を知らない素人考えで言うのだが)国民学派の作曲家たちの音楽とは、本当に「民族を結集させるアイデンティティの核」であり、「民族文化を国境を越えて普遍化する役割を与えられていた」のだろうか。いかなる事実をもって、このように主張できるのだろうか。音楽が「民族を結集させる」などと聞くと、「軍歌」や「君が代」を想起するが、ウェーバーヴェルディショパンの音楽とは、「軍歌」や「君が代」のようなものだったというのだろうか。…「民族文化を国境を越えて普遍化する」とは、どういう意味だろうか。「自国の音楽を世界基準として流通させる」とは、どういう意味だろうか。ウェーバーヴェルディショパンといった国民学派の作曲家たちは、「自民族以外の民族文化を認めない、他国の音楽を認めない」というような偏狭な考えを持っていたのだろうか。…例えば、ショパンにとってポーランドとは何であったか。ロシアのポーランド侵攻に心を痛めるものではあっても、決して「ポーランド国、万歳!」と叫ぶようなものではなかっただろう(私は、wikipediaで読む程度でしか知らないのだが)。

岡田は、「国境を越えた音楽」のイデオロギー性を言わんがために、「ワルシャワショパン・コンクールへと詣でさせる」と表現しているようだが、果たしてそうだろうか。

ショパン国際ピアノコンクールは、

5年に一度、ショパンの故郷であるポーランドの首都、ワルシャワショパンの命日である10月17日の前後3週間に開催される国際的に有名なコンクールです。現在も続く国際音楽コンクールの中では最古のもので、その入賞者は世界に名だたる音楽家が名をつらねます。課題曲はショパンの作品のみとなっており、エチュードソナタ、幻想曲、ワルツ、ノクターン、協奏曲など多岐にわたっています。世界的に最も権威のあるコンクールのひとつと言われ、エリザベート王妃国際音楽コンクール、チャイコフスキー国際コンクールと合わせて世界三大コンクールと言われています。世界を目指すピアニストの登竜門となるコンクールです。

http://www.tiaa-jp.com/concours/chopin_competition.html

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https://ktismatics.files.wordpress.com/2008/03/pianist-wreck.png

 

ショパンノクターン第20番 嬰ハ短調「遺作」を聴いてみよう(映画「戦場のピアニスト」に使われている)。「日本人や中国人やアルゼンチン人」は、「国境を越えた音楽」イデオロギーに毒されているのだろうか。

www.youtube.com