気の向くままに

形而上学・倫理学・法哲学・社会学・自然学・美学・その他諸々について書いてみたい幼稚園児のブログです。まあ、しかし焦らずにゆっくりと、気の向くままにいきましょう。

幻のSTAP細胞1 はじめに

 f:id:shoyo3:20150110155248j:plain

http://www.nature.com/nature/journal/v505/n7485/fig_tab/nature12968_F1.html

 

STAP細胞は、2014年の大きな話題であった。しかし「流行語大賞」にはならなかった。何故だろう?ということから、何となく感じていたことを書いてみようと思い、<「リケジョ」から「リマジョ(理魔女)」へ-STAP細胞問題の教訓>というタイトルで、小保方は魔女狩りにあったという趣旨の記事を書いた(2014/12/24)。しかし事実をほとんど何もしらず、単なる想像で書いては大きな間違いを犯すだろうと気づき、記事を公開して数分後にこれを取り下げた。

これまでテレビのニュースで表面的なことしか知らなかったので、ネットで情報を集めはじめたのだが、これで深みにはまってしまった。わからないのである。たいていの場合、詳しいことはわからないにしても、大体のところこんなものだろうというところに落ち着くのだが、このSTAP細胞に関しては本当にわからない。

私のこのブログは基本的にまじめブログなので、何も知らない素人が、既にあるまじめブログに付け加えるものは何もないだろう、それにまだほんの少しの情報しかないのだから、この話題は取り上げないことにしようと思ったりもしたのだが、せめて「私はこう思います」位は言いたい。それは誰かがすでに言っていることでも良いではないかと思い直した。

 

私の疑問というか関心は、次の二点にある。

  • 小保方は、不当に研究者人生を断たれたのではないか?
  • 笹井は、なぜ自殺しなければならなかったのか?

この疑問に答えるためには、そもそもSTAP細胞とは何であるのかについての基礎知識が必要である。またできるだけ正確に事実を把握しなければならない。ところが、これがわからない。いろいろ検索してみたが、専門用語はむずかしくて理解できないし、さまざまな問題がからみあっているようだし、事実認定さえままならない。こうなると記事にすること自体ためらわれるのだが、かといって小保方は「魔女狩り」にあったという思いは消えないし、いったいどうしたものか。…それなら、それをそのまま書けば良いではないか、誤解や事実誤認があっても良いではないか(科学論文でさえ、誤解や事実誤認があるのだから)と開き直り、この記事を公開することにした。

まず専門用語がわからない。そこでそもそもSTAP細胞とはどういうものなのか、基本用語くらいはおさえておきたい。→ 幻のSTAP細胞STAP細胞とは何か? (1)(2)

私にとっての出発点は、小保方の「STAP細胞はあります。私自身STAP細胞は200回以上作製に成功しています」の発言である。この発言の意味するものは何か? → 幻のSTAP細胞3 魔女狩り (1)~(5)

笹井の自殺を不幸な出来事として済ませてよいのか。それらの原因を考え、そこから教訓を得なければ、STAP細胞問題は単なる事件に終ってしまうのではないか。→ 幻のSTAP細胞4 誰が笹井を殺したのか (1)(2)

最後に、これらを踏まえて、何をすべきなのかを考えてみたい。→ 幻のSTAP細胞5 希望を求めて (1)(2)

 

なお、「STAP細胞は存在するのか?」という話に興味がないわけではないが、素人には難しい。生物学者が議論すれば良い。このブログでは取り上げないことにする。

ただ、一言だけ述べておこう。…「今回の検証においてSTAP現象の確認には至らなかった」としても、STAP細胞が存在する可能性が否定されたわけではない。澤口はこう述べている。

非存在の証明」は自然科学に馴染まず,何かが存在しないことの証明は原理的に不可能である(あくまでも原理的にである)。オカルト的言説が蔓延る一因もそこにある。たとえば,UFOや宇宙人,あるいは霊や神,前世や来世が存在しない,ということは実証できない。「この机の上に恐竜がいない」ということすら実証できない。「自分の後ろに宇宙人が存在しない」といったこともそうだ。今の話はむろん極論だが,STAP細胞の存在の否定に関しても同様である。現時点でSTAP細胞の存在が完全に否定されたかといえば,そうではない。存在可能性は原理的に残る。

 http://toshi-sawaguchi.life.coocan.jp/blog/2014/12/141220stap.html#more

 但し、STAP細胞存在説が、オカルト的言説とは思われないのだが…。

 

私は以前、自戒の念を込めて「思考の落とし穴(モンティ・ホール問題と偽陽性問題)」という記事を書いたのだが、STAP細胞問題を考えているうちに「落とし穴にはまったか」と思うようになった。そこでの教訓は、(1) 「前提条件が明確ではない問題」あるいは「前提条件を明確にしない問題」に対しては、ほとんどの人が誤った解答を出すだろうということ。(2) 特定の事実だけを取り出して、間違った結論を引き出すのは良くある話だ。隠された(隠れた)前提を見逃さない眼力が必要だ。…今回公開したこの記事も「思考の落とし穴」にはまっているのかそうでないのかは、私にはわからない。

--------------------------------------

  • 私はこのブログすべてで、敬称は省略しています。
  • まじめなコメントは歓迎しますが、原則として個別には応答いたしません。必要と思えば記事で取り上げます。
  • 誤字・脱字・意味不明な個所があれば、ご指摘ください。
  • 私は、この記事での事実認定や意見や主張にこだわっていません。間違いがあればすぐに修正します。