気の向くままに

形而上学・倫理学・法哲学・社会学・自然学・美学・その他諸々について書いてみたい幼稚園児のブログです。まあ、しかし焦らずにゆっくりと、気の向くままにいきましょう。

STAP細胞 法と倫理(6) 憲法違反? 文科省ガイドラインの検討(1)

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前回、凶悪犯にさえ認められる適正手続き(デュープロセス)が、小保方には何故認められないのだろうか? という疑問を提起した。これは、

日本国憲法32条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない

二つの側面がある。

民事・行政事件…各人が権利・自由の確保・救済を求めるため裁判所に訴えを提起することができる権利である。国務請求権としての側面である。

刑事事件…裁判所の公正な裁判によらなければ刑罰を科されない権利である。自由権としての側面である。刑事被告人に対しては日本国憲法第37条で改めて同様の権利が保障されている。(wikipedia

日本国憲法第37条 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

2 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。

3 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

に、違反するのではないか、という疑問につながる。

まず事実を確認しておきたい。「小保方は科学者コミュニティを追放された」、「笹井は自殺した」…これは動かし難い事実だろう。この事実をもたらした原因が本人にあったとしても、その出発点は、「研究論文の疑義に関する調査委員会」(石井調査委)の「捏造」「改竄」の認定にあったと考えられる。そして調査委は、理研の「科学研究上の不正行為の防止等に関する規定」に基づいて調査を行ったのであり、当該規程は、文科省ガイドラインに準拠している。

そこで文科省の「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(H26.8.26版)に問題がなかったのかどうかを検討してみよう。(旧版はH18.8.8であり、H26.8.26版はSTAP細胞問題を踏まえてのものであるが、その改定版にもなお問題があると考えるので、ここでは改定版のみを取り上げる。)

なお、あらかじめ断っておくが、この検討は小保方を擁護するとか断罪するとか、そういうことは一切関係ない。不正があったのならばそれを見逃さないようになっているか、不正が無かったのならば冤罪にならないようにしているか、不正かどうかわからなければどうしようとしているか、というような観点から検討してみたい。

まず、個別に検討を加え、最後にまとめることにしよう。(批判ではなく、検討です)

第1節 研究活動の不正行為に関する基本的考え方 1 研究活動

研究活動とは、先人達が行った研究の諸業績を踏まえた上で、観察や実験等によって知り得た事実やデータを素材としつつ、自分自身の省察・発想・アイディア等に基づく新たな知見を創造し、知の体系を構築していく行為である。

その際、科学研究とは、そもそも仮説と検証の循環により発展していくものであり、仮説が後に否定されるものであったとしても、当該仮説そのものが科学的価値を持ち得るものであるということを忘れてはならない。

ここでいう科学研究とは、自然科学のみならず、社会科学や人文科学を含むのかどうか。社会科学や人文科学を含むのならば、もう少し違った書き方があるのではないかと思う。自然科学者のなかにのみ不埒なものがいるとは思われず、社会科学者や人文科学者の中にも不埒なものがおり、公金を不正に流用しているのではないか。しかし、ここでは自然科学に限定して考えよう。

第1節 研究活動の不正行為に関する基本的考え方 2 研究成果の発表

研究成果の発表とは、研究活動によって得られた成果を、客観的で検証可能なデータ・資料を提示しつつ、科学コミュニティに向かって公開し、その内容について吟味・批判を受けることである。科学研究による人類共通の知的資産の構築が健全に行われるには、研究活動に対する研究者の誠実さを前提とした、研究者間相互の吟味・批判によって成り立つチェックシステムが不可欠である。

研究成果の発表は、このチェックシステムへの参入の意味を持つものであり、多くが論文発表という形で行われ、また、論文の書き方(データ・資料の開示、論理の展開、結論の提示等の仕方)に一定の作法が要求されるのはその表れである。

「科学研究による人類共通の知的資産」というが、では「特許制度」に守られた知的資産は「人類共通の」資産と言えるのか。カネ(ロイヤルティー)を支払わなければ利用できないものが「人類共通の知的資産」と言えるのか。「利権」が絡むのである。ちなみに理研は、特許権等の資産を6億円ほど保有している(2012 年度)

「チェックシステム」とは何か。単に「チェック」とは違う「システム」が構築されているのか。論文発表が行われ、それをチェックする。当たり前ではないか。それ以上の「システム」とは何か。

「論文の書き方に一定の作法が要求される」というが、「一定の作法」とは何か。「基本(原則)」は了承しても、「個別」においては必ずしも「基本(原則)」に合致しないように見えることがあるということが論点なのであり、「基本(原則)」のみを強調してもナンセンスではないか。

第1節 研究活動の不正行為に関する基本的考え方 3 研究活動における不正行為

研究活動における不正行為とは、研究者倫理に背馳し、上記1及び2において、その本質ないし本来の趣旨を歪め、科学コミュニティの正常な科学的コミュニケーションを妨げる行為にほかならない。具体的には、得られたデータや結果の捏造、改ざん、及び他者の研究成果等の盗用が、不正行為に該当する

この文章は注意を要する。不正行為とは「得られたデータや結果の捏造、改ざん、及び他者の研究成果等の盗用」としている。後に「捏造、改竄、盗用」の少し詳しい説明があるので、そこであわせて考えてみたい。ここでは、「研究成果」に関連しての定義ではないことに注意しておこう。

第1節 研究活動の不正行為に関する基本的考え方 3 研究活動における不正行為(続き)

このほか、他の学術誌等に既発表又は投稿中の論文と本質的に同じ論文を投稿する二重投稿、論文著作者が適正に公表されない不適切なオーサーシップなどが不正行為として認識されるようになってきている。こうした行為は、研究の立案・計画・実施・成果の取りまとめの各過程においてなされる可能性がある

このうち、例えば「二重投稿」については、科学への信頼を致命的に傷つける「捏造、改ざん及び盗用」とは異なるものの、論文及び学術誌の原著性を損ない、論文の著作権の帰属に関する問題や研究実績の不当な水増しにもつながり得る研究者倫理に反する行為として、多くの学協会や学術誌の投稿規程等において禁止されている。このような状況を踏まえ、具体的にどのような行為が、二重投稿や不適切なオーサーシップなどの研究者倫理に反する行為に当たるのかについては、科学コミュニティにおいて、各研究分野において不正行為が疑われた事例や国際的な動向等を踏まえて、学協会の倫理規程や行動規範、学術誌の投稿規程等で明確にし、当該行為が発覚した場合の対応方針を示していくことが強く望まれる。

二重投稿や不適切なオーサーシップが不正行為として認識されるようになってきているのなら、何故不正を「捏造、改竄、盗用」に限定するのか、何故このガイドラインで「二重投稿」や「不適切なオーサーシップ」についての判断の基準を与えず、学協会等に丸投げするのか。

第1節 研究活動の不正行為に関する基本的考え方 3 研究活動における不正行為(続き)

なお、新たな研究成果により従来の仮説や研究成果が否定されることは、研究活動の本質でもあって、科学的に適切な方法により正当に得られた研究成果が結果的に誤りであったとしても、それは不正行為には当たらない。

「科学的に適切な方法」か否かが問題なのであり、「適切な方法」なら「不正行為には当たらない」というのは、ほとんど同語反復ではないか。

第1節 研究活動の不正行為に関する基本的考え方 4 不正行為に対する基本姿勢

研究活動における不正行為は、研究活動とその成果発表の本質に反するものであるという意味において、科学そのものに対する背信行為であり、また、人々の科学への信頼を揺るがし、科学の発展を妨げるものであることから、研究費の多寡や出所の如何を問わず絶対に許されない。また、不正行為は、研究者の科学者としての存在意義を自ら否定するものであり、自己破壊につながるものでもある。

「ウソをついたり(でっち上げをしたり、ごまかしをしたり)、ものを盗んだりしてはいけませんよ」などと幼稚園児や小学生に向かって言うようなことを、大の大人に向かって力説しているようなものだ。そんなことは誰でもわかっている。仮に不正行為に走ったとしても、そうせざるを得ない状況というものがあったはずであり、そこにメスをいれなければ何度でも同じことが繰り返されるだろう。但し、私はすべてを状況のせいにして、無罪だとか免罪を要求しているのではない。

第1節 研究活動の不正行為に関する基本的考え方 4 不正行為に対する基本姿勢(続き)

これらのことを個々の研究者はもとより、科学コミュニティや研究機関、配分機関は理解して、不正行為に対して厳しい姿勢で臨まなければならない。

「指切拳万、嘘ついたら針千本呑ます」と言っているようなもの。そんなに厳しい姿勢で臨みたいのならば、「死刑」に処すと言えばよい。そんな極端なことを言ってないというなら、「厳しい姿勢」とは何のこと? そんな曖昧な情緒的な言葉を並べても何の足しにもならない。先にも述べたが、嘘をつかざるを得ない状況に立ち至ることもあり得るということが考慮されていないようだ。

第1節 研究活動の不正行為に関する基本的考え方 4 不正行為に対する基本姿勢(続き)

なお、不正行為への対応の取組が厳正なものでなければならないことは当然であるが、学問の自由を侵すものとなってはならないことはもとより、大胆な仮説の発表が抑制されるなど、研究を萎縮させるものとなってはならず、むしろ不正への対応が研究を活性化させるものであるという本来の趣旨を忘れてはならない。

「不正行為への対応の取組が厳正なものでなければならない」とは、「調査が厳正なものでなければならない」ということを含意しているはずだ。このガイドラインでは「調査の厳正さ」をどれだけ担保しているのか。(「担保」という流行語を使ったが、「保証」といった程度の意味)

5 研究者、科学コミュニティ等の自律・自己規律と研究機関の管理責任

(1)研究者、科学コミュニティ等の自律・自己規律

不正行為に対する対応は、研究者の倫理と社会的責任の問題として、その防止と併せ、まずは研究者自らの規律、及び科学コミュニティ、研究機関の自律に基づく自浄作用としてなされなければならない。

自律・自浄作用の強化は、例えば、大学で言えば研究室・教室単位から学科・専攻、更に学部・研究科などあらゆるレベルにおいて重要な課題として認識されなければならない。

先ほどの無意味な訓示(ウソをついたり(でっち上げをしたり、ごまかしをしたり)、ものを盗んだりしてはいけませんよ)と同じ。

5 研究者、科学コミュニティ等の自律・自己規律と研究機関の管理責任

(1)研究者、科学コミュニティ等の自律・自己規律(続き)

このような研究者の自己規律を前提としつつ、科学コミュニティは全体として、各研究者から公表された研究成果を厳正に吟味・評価することを通じて、人類共通の知的資産の蓄積過程に対して、品質管理を徹底していくという、極めて重い責務を遂行しなければならない。

この専門分化が進んだ状況において、科学コミュニティが「全体として」、研究成果を厳正に吟味・評価するなどということがありうるのか。科学コミュニティの非常に狭い範囲の「専門家」のみが、厳正に吟味・評価することが可能なのではないか(非専門家が口出ししてはならない、という意味ではない)。

品質管理などという言葉が出てくるが、いったいどいう意味で使っているのかわからない。

5 研究者、科学コミュニティ等の自律・自己規律と研究機関の管理責任

(1)研究者、科学コミュニティ等の自律・自己規律(続き)

その際、若手研究者を育てる指導者自身が、この自律・自己規律ということを理解し、若手研究者や学生にきちんと教育していくことが重要であり、このこと自体が指導者自身の自己規律でもある。このように指導者、若手研究者及び学生が自律・自己規律を理解することは、研究活動を通じた人材育成・教育を行う上での大前提になることを全ての研究者は心に銘記すべきである。また、複数の研究者等による共同研究の実施や論文作成の際、個々の研究者間の役割分担・責任を互いに明確化すべきことは、研究活動を行う大前提の問題、かつ研究者の自己規律の問題として全ての研究者に認識される必要がある。

ここでも「幼児教育」の重要性を力説している。

共同作業の場合の役割分担・責任を明確にすること、当たり前ではないか、科学界というところは、こういうことを力説しなければならないほど、愚かなところなのか。(地域の運動会を企画・運営する場合、みんな役割分担や責任を明確にしてすすめている。ビジネスでもプロジェクトチームを組んで活動する場合には役割分担・責任を明確にする。スポーツのチームプレイでも、役割分担・責任が明確になっているだろう。)

いくら何でも一人科学界のみがこのように愚かだとは考えられない。だとするとこれは官僚の作文にすぎないのか、私にはわからない。(ちょっと言い過ぎたか。反省します)

5 研究者、科学コミュニティ等の自律・自己規律と研究機関の管理責任

(2)研究機関の管理責任

研究者は研究活動の本質を理解し、それに基づく作法や研究者倫理を身に付けていることが当然の前提とされているが、研究者を目指す学生や若手研究者の中には、これらがどういうものであるかということについて十分な教育を受けていない、又はそのことについて研究指導に当たるべき研究者の中には、その責務を十分に自覚していない者が少なからずあるように見受けられる。

同じことの繰返し。

5 研究者、科学コミュニティ等の自律・自己規律と研究機関の管理責任

(2)研究機関の管理責任(続き)

また、不正行為が起きる背景には、競争的環境の急速な進展、研究分野の細分化や専門性の深化、研究活動体制の複雑化・多様化の結果、科学コミュニティにおける問題として自浄作用が働きにくくなっている、との指摘もある。このような指摘等の背景には、これまで不正行為の防止に係る対応が専ら個々の研究者の自己規律と責任のみに委ねられている側面が強かったことが考えられる。今後は、研究者自身の規律や科学コミュニティの自律を基本としながらも、研究機関が責任を持って不正行為の防止に関わることにより、不正行為が起こりにくい環境がつくられるよう対応の強化を図る必要がある。特に、研究機関において、組織としての責任体制の確立による管理責任の明確化や不正行為を事前に防止する取組を推進すべきである。

不正行為が起きる背景としての「競争的環境の急速な進展」、これはもっと詳しく述べるべきではないか。「研究分野の細分化や専門性の深化、研究活動体制の複雑化・多様化」が、何故不正行為が起きる背景となるのかもっと詳しく述べるべきではないか。

「これまで不正行為の防止に係る対応が専ら個々の研究者の自己規律と責任のみに委ねられている側面が強かった」これはそう言えるかもしれない。

「不正行為が起こりにくい環境がつくられるよう対応の強化を図る」では不十分だ。不正行為が起こらない仕組みをつくるべき。このような仕組みづくりは意外と難しいかもしれない。不正が起こる原因究明が先決だろう。

5 研究者、科学コミュニティ等の自律・自己規律と研究機関の管理責任

(2)研究機関の管理責任(続き)

また、研究者や研究支援人材、学生、外国人といった研究活動を行う人材の多様化、共同研究体制の複雑化が進展していることを踏まえ、研究機関においては、共同研究における個々の研究者等がそれぞれの役割分担・責任を明確化することや、複数の研究者による研究活動の全容を把握・管理する立場にある代表研究者が研究活動や研究成果を適切に確認していくことを促すとともに、若手研究者等が自立した研究活動を遂行できるよう適切な支援・助言等がなされる環境整備(メンターの配置等)を行うことが望ましい。研究機関においては、このような適切な研究体制が確保されるよう、実効的な取組を推進すべきである。

プロジェクトにはプロジェクト・リーダーがいるのは当たり前ではないか。リーダーなしの共同研究などおよそ考えられない。共同研究は自立した研究者が共同で行うもの、意見交換や議論はあっても、そこには「支援・助言」のような教育は入らない。教育を必要とするものは、アシスタントに過ぎない、と考える。

 (続く)