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気の向くままに

形而上学・倫理学・法哲学・社会学・自然学・美学・その他諸々について書いてみたい幼稚園児のブログです。まあ、しかし焦らずにゆっくりと、気の向くままにいきましょう。

STAP細胞 法と倫理(18) 誰が、いかなる証拠により、どの程度の確実性で、証明するのか?

STAP細胞問題

小林論文の検討(3)

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ルールを守らない者(犯罪者)を見逃したり、疑わしいだけで犯罪者に仕立てあげたりしないようにするためには、どういう手続きが必要なのか。その手続きを誤れば、悲惨な結果を生むことになる。ということを念頭に置いて、小林論文を読んでいこう。

 

Ⅱ 米国における研究不正に関する連邦規律の成立とその内容

3 米国における研究不正の認定手続

研究不正の有無を認定する上では、研究不正の事実が存在することを、誰が、いかなる証拠により、どの程度の確実性で証明することが必要であるか、という認定の手続を明確にしなければならない。これは、法律用語で言えば、証明責任、証明力などに関わる問題である。米国においても研究不正の認定における証明手続は比較的最近になって明確になった。

「研究不正の事実が存在することを、誰が、いかなる証拠により、どの程度の確実性で証明することが必要であるか」という認定手続き如何によって、結論が大きく変わる。私は、今回のSTAP細胞事案をみていて、この点が大変気になった。小林論文は、この点を詳しく説明しているので、ゆっくりと見ていこう。(勉強です)

 

(1) 「研究分野の慣行からの逸脱の認定」と「故意性の認定」

研究不正の認定に際して、研究不正の定義に違反する行為があったことを証明すべきであることは言うまでもない。しかし、現実には、単に捏造・改竄・盗用が存在したことを証明するだけでは、それが誠実に実施した結果の単純な誤りである(誠実性による除外、又は当該研究分野の慣行に反していない(研究分野の慣行に基づく除外、といった主張がなされた場合には研究不正を認定できない。逆にそのような主張を許さない認定ルールは、例えば不注意による見落としや見解の相違、研究分野の慣行なども研究不正とみなすことになり、研究不正を必要以上に拡大して認定してしまう危険性がある。そこで、研究不正の認定の要件として、「研究分野の慣行からの逸脱の認定」と「故意性の認定」を規定しなければならない。

まず「研究分野の慣行からの逸脱の認定」とは、どういうことか?

これは、データの改ざんの事実が推定できたとしても、データの扱いなどが当該分野の一般的なルールや慣行に従った場合を著しく逸脱していることを証明しない限りは、研究不正と認定できないことを意味する。つまり、データの加工方法や外れ値の扱いなどが、分野ごとの一定のルールに従っている限りは、研究不正にはあたらないと推定されることになる。

「分野ごとの一定のルールに従っている限り」というのが、ちょっと微妙だ。一定のルールとはいっても、誰もが認めるルールのことか、多数派が認めるルールのことか、少数派のルールか。「私は、このデータ処理は、正しいと思う」と主張するとき、それが多数説にならなければ、「研究不正」とされるのか。…それ故、データの加工方法や外れ値の扱いなどについて、予めその「一定のルール」を明示しておくべきであろう。

では「故意性」の認定のほうはどうか?

研究不正の定義には、捏造・改竄・盗用が、誠実に実施した上での単純な誤りである場合や意見の相違は研究不正に含まれないことが規定されている。この規定があるので、研究不正の証明においては、研究不正をしたと告発された研究者の行為に故意性があったことを証明しなければならない

そこで、[科学技術政策局]OSTP2000 連邦規律は、研究不正を認定するためには、不正が「意図的に(intentionally)、又は故意に(knowingly)、又は無謀に(recklessly)」行われることが必要であるとしている。故意性は個人の内面の問題なので、一般的に考えれば、本人が自白しない限りは故意性の証明は難しく、研究不正の証明のボトルネックになることは容易に想像がつく。

「故意性の証明」は難しい。これをいかに証明するかに関しては、後で説明がある。

 

(2) 証明力に関する議論

研究不正が存在することを証明する際には、どの程度の確実さの証拠が必要か、すなわち証明力をどのレベルに設定するかという問題がある。…米国の行政法では証明力として「証拠の優越」が採用されているため、行政機関はこの基準で研究不正の認定をしていた。しかし、研究機関は「高度の蓋然性」により証明する傾向があったため、研究者コミュニティと行政機関の間で見解の相違が際立った。

この違いは、研究不正の認定の際に適用する証拠の証明力に対する考え方の違いに起因する。研究機関は、証明度として「明白かつ説得的な証拠」(clear and convincing evidence)又は「合理的な疑いを超える」(beyond a reasonable doubt)といった高い証明力を適用するのに対して、政府は、証明力がより低い「証拠の優越」(preponderance of evidence)基準を適用するという違いがあることを指摘している。

[科学技術政策局]OSTP2000 連邦規律は、「研究不正を認定するためには、告発が「証拠の優越」基準により証明されることが必要である」と明記した。…米国の場合は、連邦政府の研究資金による研究活動における研究不正の認定においては、基本的にはどの行政機関の研究資金であれ、同じ証明力が適用されることが明確化された。

 法律を知らない者には、この文章はちょっと理解しにくい。小林論文では「注」に説明がある。

法律上の証明に関する一般的な考え方を整理しておく。刑事訴訟の場合、一般的に、被告人が有罪であることを立証するのは検察の役割であり、検察は犯罪の事実を証拠によって「高度な蓋然性」で立証する責任を負う。被告人が検察の提示する証拠を覆す反証を提示できる場合は、検察の立証は失敗する。この「高い蓋然性」は証拠が犯罪の事実を高い確率で推定できることを言う。また、このような証拠に基づく犯罪事実の推定の蓋然性(確率)の程度を証明力という刑事訴訟の場合は、「疑わしきは罰せず」の原則に基づき、高い証明度が要求される

小保方が刑事事件の被告となれば、検察は、犯罪の事実を証拠によって「高度な蓋然性」で立証しなければならない。

民事訴訟の場合は、原告が被告に対して何らかの請求をするが、一般的に、原告が証拠の提示により被告の過失等を証明する責任を負う(過失責任主義)。ただし、無過失責任の場合には、被告が証明責任を負うが、消費

者保護など特殊なケースに限られる。日本では、民事訴訟でも「高度な蓋然性」による証明が求められることが一般的である。しかし、米国の民事訴訟では証明力として「証拠の優越」の基準が採用されており、日本とは事情が異なる。証拠の優越」とは、証拠を勘案した結果、どちらかといえばありうると信じられる状態を指している。「高度な蓋然性」と比べると蓋然性の低い証明力といえる。米国の行政法においても「証拠の優越」の基準が採用されており、連邦規則に従って研究不正を認定する場合は、原則的に「証拠の優越」の基準が適用されることになる。なお、証明力としては、ほかにもさまざまな概念があり、研究不正の認定と関連して出てくる概念としては、「合理的疑いを超える」といった「高度な蓋然性」に相当する証拠の証明力、「明白かつ説得的な証拠」という「高度な蓋然性」と「証拠の優越」の中間的な証明力などもある。

証明力の強さは、①合理的疑いを超える(高度)、②明白かつ説得的な証拠(中度)、③証拠の優越(低度)の順になる。(それにしても「証拠の優越」とはおかしな日本語だ。)

 

(3) 証明責任の明確化

誰が証明責任を負うのかという論点は、[科学技術政策局]OSTP2000 連邦規律でも明示されず、[公衆衛生庁]PHS2004 改正案で初めて登場した。[公衆衛生庁]PHS2004 改正案、[公衆衛生庁]PHS2005 規律のいずれにおいても、3 種類の証明責任が示されている。

誰が証明責任を負うのかというのは、非常に重要な論点だと思う。

第1 は、「機関又は保健福祉省(DHHS)が研究不正認定における証明責任を負う」(PHS2004改正案、PHS2005 規律)である。調査委員会のような研究不正の認定をする者ではなく、被告発者に対して行政的措置等を課す側の機関又は行政機関が、研究不正があったことを証明する責任を負うという基本原則である。

研究不正の認定をする者ではなく、被告発者に対して行政的措置等を課す側が、証明責任を負う。今回のSTAP細胞事案でいえば、調査委員会ではなく、理研が研究不正の証明責任を負うということになるということか。

第2 は、「被告発者は誠実に実施した上での単純な誤りであることや意見の相違であることの証拠を提出し、「証拠の優越」によって証明する責任を負う」([公衆衛生庁]PHS2004 改正案、[公衆衛生庁]PHS2005)である。つまり、故意性の否定の証明、意見の相違であることの証明の責任は被告発者が負うという原則である。

被告発者が、「証拠の優越」によって証明する。今回のSTAP細胞事案でいえば、小保方が「誠実に実施した上での単純な誤りであることや意見の相違であることの証拠を提出し、「証拠の優越」によって証明する」ことになる。「証拠の優越」であるから、証明力の強さは「低度」でよい。

第3 は、不正が認定された後に(又は調査の途中で)、研究機関や行政機関が被告発者に行政的措置を課すことになるが、その際に「被告発者は、研究不正の手続に則って行政的措置を課す決定に関して軽減要素を証拠として提出し、「証拠の優越」によって証明する責任を負う」([公衆衛生庁]PHS2004 改正案、PHS2005 規律)規定である。つまり、情状酌量のための証明は被告発者が負う原則である。

情状酌量のための証明は、(低度の)「証拠の優越」によって証明することになる。

ここで重要な論点は、研究不正の認定で一番問題となる故意性の認定、意見の相違に相当しないことの認定である。機関又は保健福祉省(DHHS)はこれを証明する責任を負い、被告発者は逆に否認する証明責任を負う。両者の証明の優越をいかに判定するかが、研究不正の認定の重要なポイントになる。明確に認定もしくは否認できない場合は、研究不正の調査に長期間を要する、又は結論が得られないことになりうる。そこでPHS2004 改正案、PHS2005 規律が導入するのが、研究記録の不存在・不提示という判断基準である。

今回のSTAP細胞事案で言えば、研究不正の認定をする調査委員会ではなく理研が「故意性の認定、(データの解釈などにおける)意見の相違に相当しないこと」を証明する責任を負い、小保方は逆に否認する証明責任を負う。しかし、明確に認定もしくは否認できず、研究不正の調査に長期間を要する、又は結論が得られない可能性がある。そこで、「研究記録の不存在・不提示という判断基準」が問題になる。

 

(続く)