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気の向くままに

形而上学・倫理学・法哲学・社会学・自然学・美学・その他諸々について書いてみたい幼稚園児のブログです。まあ、しかし焦らずにゆっくりと、気の向くままにいきましょう。

幻のSTAP細胞5 希望を求めて(2)

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実のところ、私はiPS研究を含め、「再生医療」の研究を推進していく(カネをかける)ことに疑問を持っている。

第一に、無数にある財政支出項目のなかで、どこにカネをかけるのがよいか。予算配分は非常に重要な問題だ。-少子高齢化子育て支援、年金・介護・医療等の社会保障人道支援、防衛、災害・防災対策、危機管理、科学・教育…。一国だけでなく、世界全体としてどう対応すべきなのか。国連、国際協力、国際法…。都道府県・市町村・家族・地域コミュニティさまざまなレベルにおける役割は何か。…どれもこれも重要な問題だ。多様な価値観のなか、どこに優先順位をおくのか。単純に、再生医療の分野にどんどん金をつぎ込めば良いというものではない。…それゆえ、再生医療の研究に携わる者が、その意義を強調し、予算を獲得しようとすることには意味があるのだが。

第二に、再生医療そのものに対する価値観である。「科学と社会」の問題…病気やけがの治療のために幹細胞を作り出すというのもわかるが、もしそれが簡単に作り出せるようになったらその社会的影響は図りしれないものになるだろう。科学者はそれは社会の問題だと逃げるかもしれないが、果たしてそれで良いのか。科学研究者の興味と利権が結びつき、再生医療の流れは止めようがないのかもしれないが、STAP細胞問題を契機にそこに踏み込まなければ、一過性の事件で終わってしまう。リスク管理体制の強化だとか、研究者の教育だとか、懲戒だとか、ES細胞混入の真犯人探しだとか、それは無駄であるとか、無意味だとまでは言わないが、そういうレベルにとどまっていては、なんらSTAP細胞問題から教訓を得たことにはならないであろう。

 

再生医療そのものに対する価値観であるが、以前「幹細胞」について、このブログの記事「ボケ老人 アポビオーシス 死にゆくものたちへのレクイエム」(カテゴリー:リアリティ)で、ちょっとふれたことがあるが、そこで「アポトーシス」と「アポビオーシス(田沼靖一)」について紹介した。

アポビオーシスとは非再生系細胞の死を意味するが、ここで非再生系細胞とは神経細胞や心筋細胞のことである。体細胞を初期化し、幹細胞を作り、非再生系細胞である神経細胞等を作りだすことは、脳死や心臓死を乗り越える、不老不死の研究である。そんなことは何十年先のことであるかもしれないが、その方向にあることは間違いない。彼ら「再生医療」の研究者は、現代の「錬金術」なのかもしれない。(錬金術については長い歴史がある)

Wikipediaから、いくつか引用しておこう。

エリクサー錬金術の至高の創作物である賢者の石と同一、或いはそれを用いて作成される液体であると考えられている。服用することで如何なる病も治すことができる・永遠の命を得ることができる等、主に治療薬の一種として扱われており、この効果に則する確立された製造方法は今もって不明とされている。

中世ドイツでは、パラケルススという医師が賢者の石(=エリクサー)を用いて医療活動を行っていたという伝説がある。彼は錬金術による人工生命体であるホムンクルスを創造したとも伝えられる人物でもある。一方、中国の道教で仙人になるための霊薬を作る術である「錬丹術」(煉丹術)が目指していた不老不死の薬「仙丹(せんたん)」も、これと同様のものである。

生物学における不老不死…多細胞生物の場合、その個体の生命はいわゆる寿命によって生理的に制限されている。不老不死を実現するためには、老化・寿命を取り除く必要がある。現在、老化・寿命の原因としては以下のような仮説がなされている。

1.プログラム説

それぞれの細胞には、分裂できる限界がはじめから設定されており、その回数を迎えて分裂ができなくなることにより老化が発生するという説。分裂できる限界数は、種によってまちまちであるが、概ねその種の寿命と比例していることから現在有力な説のひとつである。

2.エラー説

細胞分裂の際に少しずつ発生する突然変異が、徐々に蓄積されていき、最終的に破綻するのではないかという説。ウェルナー症候群をはじめとする早老症ではヘリカーゼというDNA修復に関与すると推測される遺伝子に異常があったことから考えられた。

3.活性酸素説…略

名利につかはれて、しずかなるいとまなく、一生をくるしむるこそおろかなれ— 『徒然草』第38段

私の感覚では、老化・寿命の原因としては「プログラム説」が正しいのだが、遺伝子操作でそのプログラムを変えられるのだろうか。それともDNA一元論では説明できない何かがあるのだろうか。

私はそれよりも、正しく「定められた分裂回数」を発現させること、即ちその発現を妨げる妨害要因を排除すること、分裂の過程において苦痛が発生するならばそれを取り除くこと、そういう医療こそが求められているのではないかと思う(安らかな死の研究)。幹細胞再生研究がここに正しく位置付けられるならば賛成もできようが、そうでなければ大いに疑問がある。…とはいっても、これはほとんど思いつきで話しているだけなのだが。