浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

グローバルなコミュニティーの責任ある一員となる(3) シリア内戦と国連

前回までに述べてきたこと、言いたかったことは、概ね以下の通りである。

  1. 日本の安全保障を考えるということは、世界の平和と安全を考えることである。自国のみの平和と安全を考えれば良いというのは、国家エゴである。
  2. 世界の平和と安全を達成するのに必要なことは、武器により敵を攻撃することではない。また武器により味方を防衛することでもない。
  3. 世界の平和と安全を脅かすものがあれば、なぜそうなっているのかを分析し、何をすべきかを考えるべきである。
  4. シリア難民の問題は、世界の平和と安全を考える格好の事例である。
  5. 難民受入の問題はシリア内戦(騒乱)から派生したものであり、シリア内戦(騒乱)が何故生じたのかを考えなければ、抜本的な問題の解決にはならない。
  6. シリアが内戦(騒乱)にいたる最初のきっかけは、アサド政権に対する市民の抗議デモであった。政府に対して政治や経済の改革を訴えるものであり(体制打倒を叫ぶものは皆無)、生活の改善(貧富の格差が拡大していた)や汚職の追放などを要求していた。
  7. どの時点で「武器」(定義は曖昧)が使用され、「戦争」(定義は曖昧)になったのかの事実認定は難しい。アサド政府は、市民のデモを「弾圧」すべきではなかった(政府にしてみれば、「治安を維持した」ということだろう)。政府に抗議するものは、「武器」を使用すべきではなかった(反政府側にしてみれば、不当な弾圧に対抗し、要求を通すためには、武器を使用せざるを得なかったということだろう)。負の連鎖である。
  8. この内戦(騒乱)に乗じ、イスラム国(IS)と名乗る組織が、シリア内で勢力を拡大してきた。イスラム国(IS)と名乗る組織を、「テロ組織」とレッテルを貼り、「壊滅すべき組織」と決めつけるべきではない。彼らは、政治的目的を持った政治組織である。犯罪者であれば、裁判も何もなく、死刑を執行してよいということにはならないはずである。
  9. イデオロギー的基礎は、アサド政府は「(アラブ)社会主義」、反政府組織は「新自由主義」、イスラム国(IS)は「イスラム原理主義」であるようだ。
  10. ロシアは、アサド政府を支援し、武器等を供与している。イスラム国(IS)を空爆している。欧米は、反体制派を支援し、武器等を供与している。昨年、イスラム国(IS)を空爆した。焦点は、「アサド政府・ロシア」と「反アサド政府・欧米」の対立と思われる。

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http://www.cnn.co.jp/world/35044282.html

 

2015年9月28日のクローズアップ現代(NHK)は、「国連70年① 相次ぐ紛争そして難民…平和は取り戻せるか」を放送した。http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3707.html

まず、シリア内戦について、

過激派組織が引き起こす暴力の連鎖。ヨーロッパに押し寄せる、おびただしい数の難民。そして改善されない貧困と格差。深刻化する問題にどう向き合っていくのか。世界の平和と安定を目指してきた国連は今、真価が問われています。

今、国連が抱える差し迫った課題が、今世紀最悪の人道危機といわれるシリアの内戦です。4年前、アサド政権による反政府勢力の弾圧から始まった内戦。これまでに、死者は24万人。シリアの人口の半分に当たる1,100万人余りが住む場所を追われました。シリア問題でも安全保障理事会での大国の対立が事態を悪化させました

国連のシリア特使として紛争の調停にあたったラフダール・ブラヒミ(2014年1月アサド政権側と反政府勢力側の協議を初めて実現させたが、互いの利益を追求するロシアとアメリカ双方の協力が得られず、交渉は決裂した)は、次のように述べている。

安保理の理事国が席に着いて考えるのは、それぞれの国益のことです。どの国もそうです。これでは不完全だと言わざるを得ません。国際社会はシリアのためにほとんど何もせず、問題解決の手助けをしませんでした。誇張したくはありませんが、国際社会のいくつかのメンバーの行動は、問題を解決するのでなく、むしろ悪化させました。

国連副事務総長ヤン・エリアソンに対する国谷裕子キャスターのインタビュー;

Q:国連総会はシリア問題という重い空気に包まれているが、国連はなぜこれほどまで適切な対応を取ることができなかった?

A:事態の打開のためには安全保障理事会が結束して取り組む必要がありますが、それができていません。去年のウクライナ危機以降、ロシアと欧米が緊張状態にあることが団結をさらに難しくさせています。

安保理構成国が共同歩調を取れなかったためであるが、それが何故であるかまでは答えていない。恐らく、それに簡単に答えることはできないのだろう。

Q:安保理の存在意義に立ち返ってみると、常任理事国は自分たちの国益ではなく世界の利益を最優先に考えなくてはならないが、機能不全に陥っている。結束する方法は?

A:常任理事国は、世界の平和と安全を守る使命と責任が与えられている。非人道的な残虐行為がある場合は、拒否権の発動を減らすべきだとフランスが提案しています。一部の常任理事国は話し合うことの重要性を認識しています。

国谷の問うている常任理事国が結束する方法は誰もが聞きたいところだろう。組織運営のルールはどうなっているのだろうか。非人道的な残虐行為がある場合は、拒否権の発動を減らすべきというフランスの提案は検討に値する。

Q:ISへの対策が国際社会を団結させる1つのきっかけとなる?

A:ISの残虐さを認識した国際社会が団結する可能性はもちろんあります。ISは意識的に人々に恐怖心を植え付け、追い込んでいます。自分の民族や宗教などを強く意識させることで内向的で閉鎖的な思考にしむけようとしているのです。人々を恐怖に陥れようとするテロリストのわなに落ちてはなりません。断固たる態度で、国際社会が築き上げてきた価値のために立ち向かう必要があるのです。

ISをテロリストと決めつけ、一切対話を受け付けないような姿勢はどうなのだろうか。こういう姿勢を取るために、IS等の過激派組織は国連を「敵」とみなすのではなかろうか。

Q:冷戦が終結し25年たつが、私たちはどうすればよりよい意思決定機関を持つことができる?

A:私は、今日の世界において、団結は加盟国とその市民の利益のためであると言いたいです。大きな不正義、大きな格差、大きな対立がある世界は非常に危険です。私たちが次の世代への責任を果たすためにも、互いに団結し協力することが、それぞれの国益になるのだという立場を取る必要があるのです。

団結を強調するだけでは何の解決にもならない。国谷のいう「よりよい意思決定機関」というのは、恐らく国連の枠内での「組織設計」の話(安保理改革)になると思う。

 

次に、PKO(peace-keeping operations)の話題であるが、これは簡単にみておこう。

国連がこの70年、紛争解決の1つの手段として可能性を模索してきたのが、安保理決議の下に行われるPKO=平和維持活動です。…冷戦が終結すると、大国の利害がぶつかり合わないアフリカなどに次々と派遣。現在は、世界16の地域に12万人以上。過去最大規模に拡大しています。…4年前に独立した南スーダン。独立当初、国連は国づくりを支援するためPKOを派遣しました。ところが一昨年(2013年)、状況が一変します。民族間の対立を背景に激しい戦闘が起きました。これまでに数千人の住民が殺害されたと見られています。…原則として、武力行使は自衛のためだけに限定されてきたPKOあえて装備を強化し、住民の保護に乗り出したのです。「戦闘が起きたとき、それがあまりに激しかったので、大勢の人がPKOの施設に押しかけてきて、私たちには選択の余地がありませんでした。しかし、いつまでも続けるべきことではありません。」

スーダンでこれまで道路整備などの任務に当たってきた日本の自衛隊。安全保障関連法が成立した今、他国の部隊やNGOなどが武装集団に襲われた際、自衛隊が武器を使用して救援に当たることも検討されています。

そしてPKOにとって新たな脅威となっているのが、各地で勢力を拡大するイスラム過激派などの武装組織です。…「平和維持のための部隊がテロリストのネットワークに脅かされている。」、「暴力がますますエスカレートし、PKOの部隊が直接の標的にされている。」…こうした事態を受けて今年(2015年)6月、PKOの改革案がまとめられました。これまでになかった緊急に展開できる部隊を創設すること。紛争地の市民を保護するため、あらゆる手段を講じること。PKOのさらなる強化が必要だとしています。

国連が「敵」とみなされれば、当然PKO部隊は攻撃対象になるのだろう。

PKO部隊は、自己防衛や任務を守るだけの行動しか想定されておらず、とてもぜい弱です。しかし、現在のPKOの任務で最も重要な側面は、民間人を守ることだということを強調したいと思います。民間人の安全が脅かされれば、我々は行動を起こさなくてはならないのです

 

最後に、国谷の「国連は本当に紛争を防止する機関として機能し続け、世界平和の番人としての役割を果たすことができるのか」の問いに、ヤン・エリアソンは答える。

困難な状況だからこそ国連は立ち上がらなければなりません。国連が掲げた目標は、グローバルな世界で暮らす人々のためのものです。紛争の温床となる貧困や不平等を放置すれば、私たちに火の粉として降りかかってきます今こそ改革を実行しなければ、国連の影響力は失われてしまいます

私は国連憲章のこの言葉をよく引用します。それは、“WE THE PEOPLE=我々人民は”です。国連は人々のために存在し、平和と発展をもたらし、人権を守る。その使命を果たさなければ憎しみの連鎖を止めることはできないでしょう。

創設から70年の国連は、いま何をしようとしているのか、次回ふれたいと思う。たぶん「希望の光」が見えてきて元気が出るだろう。

 

ここで安保理のことを少し勉強しておこう。

安保理の役割…安保理は、今日の国際社会において唯一の包括的・普遍的な組織である国連の中で、国際の平和と安全の維持につき主要な責任を有しています(国連憲章第24条1項)。国連憲章上の主な権限は、紛争当事者に対して、紛争を平和的手段によって解決するよう要請したり、適当と認める解決条件を勧告すること、紛争による事態の悪化を防ぐため必要または望ましい暫定措置に従うよう当事者に要請すること、平和に対する脅威、平和の破壊または侵略行為の存在を決定し、平和と安全の維持と回復のために勧告を行うこと、経済制裁などの非軍事的強制措置及び軍事的強制措置を決定すること、等です。

安保理の具体的活動は、特に冷戦の終結以降、1)国連平和維持活動(PKO)の設立、2)多国籍軍の承認、3)テロ対策、不拡散に関する措置の促進、4)制裁措置の決定等多岐にわたっています。

安保理決議に基づくPKO多国籍軍の活動は、停戦監視等を中心とした活動(ゴラン高原等)から、民主的統治、復興、警察支援等の平和構築を含む活動(東ティモールアフガニスタン等)までその任務は多様さを増しています。また、安保理では、大量破壊兵器の拡散、テロ等の新たな脅威に有効に対処するため、下部機関を設置し、各国による関連安保理決議の実施を支援しています。このように、国際社会における平和と安全の確保のため、安保理が果たす役割は拡大しています。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/un_anpori/torikumi/anpori.html

 

安保理改革の話は興味深い。

安保理改革は、財政問題とともに国際連合国連)の最重要課題となっているが、1990年代以降、改革議論が沸騰したのには、次のような背景がある。

  1. 1945年の国連成立時における加盟国数は、51か国であり、理事国数は11か国であったため、倍率は約63であった。しかし、2011年現在の加盟国数は193か国となったにもかかわらず、理事国数は15か国に限られているため、倍率が約12.86と格段に理事国となることが難しくなった
  2. 第二次世界大戦の主な戦勝国である常任理事国(アメリカ・イギリス・フランス・ロシア・中国)中心の国連運営に対するその他の国の不満

改革の争点としては、

  1. 理事国数をどの程度増加させるか
  2. いわゆる拒否権をどう扱うか

などが挙げられる。

様々な案が提案されており、ほぼ全ての国が改革自体には賛成しているが、各論では既得権喪失を恐れた大国が反対したり、新たに近隣国が常任理事国入りすることを恐れた国が反対したりと、議論はあまり進展していない。既得権益である拒否権の権限を現常任理事国が自ら落とすことはありえず、また現常任理事国の拒否権が使われれば改革そのものができないため、国際連合において現常任理事国に著しく不利となるような提案はまったく支持されていない。(Wikipedia)

とりわけ、「拒否権」の問題は、民主主義との関連でも、今後検討したいテーマではある。

 

イギリスの大手新聞The Guardian(編集方針は中道左派・リベラル寄りとされる。wikipedia)に、著名なコラムニスト Simon Jenkins 氏が、次のような記事(要旨)を書いているという。賛成できるかどうかわからないが、いろんな意見を聞くのは良いことだ。

http://shinhito41.exblog.jp/24524604/

プーチンの言っていることは全く正しい。誰もが、シリアに於ける殺戮を止めさせるには、既存のアサド政権とレバノン・イランの同盟者たちを通じてしか有り得ないことを知っている。それが現実政治というものだ。それは合理主義が指図するものだ。ロシアに安定性と誇りを齎しているプーチンは、国連の場で欧米指導者たちを前にして、大きな成果を挙げた。彼は国際関係を正しく読み取り、決して愚か者ではないことを証明している。最近ロンドンを訪れたヘンリー・キッシンジャーは、ロシアを同盟者と看做して、一緒にイスラム原理主義者と闘う様に、講演で懇願した。ロシアは西欧と共に、文明と長期的利益を共有しており、一体となって働くべきだと言う。ロシアに対してウクライナ問題などについて制裁を行っても、それは何の効果も生まないだろう。

シリアはこの世界で最も悲惨な無秩序状態に陥っており、無辜の民を西側の無差別爆撃などあらゆる形で死に至らしめている。アサド政権を引き摺り下ろすことは決して問題の解決にならないだろう。米国人の気に入る遣り方が成功した試しは無く、破滅しかなかった。我々がシリアについて良い知恵が無ければ、プーチンの言う事に耳を傾けるべきだ。かれはその知恵を持っている。 

 

(つづく)