気の向くままに

形而上学・倫理学・法哲学・社会学・自然学・美学・その他諸々について書いてみたい幼稚園児のブログです。まあ、しかし焦らずにゆっくりと、気の向くままにいきましょう。

シルバー民主主義 老人駆除法(少子高齢化の抜本的解決)

経産省 次官・若手プロジェクト 「不安な個人、立ちすくむ国家」(2)

本資料は、「シルバー民主主義」について、次のように述べている。

「シルバー民主主義」を背景に、大胆な改革は困難と思い込み、誰もが本質的な課題から逃げているのではないか。(P49)

しかしながら、シルバー民主主義の下で、高齢者に関する予算は当然のように増額される一方、教育の充実を図るためには、新たな財源を見つける【負担増】か、その他の予算を削減する【給付減】しかないのが現状。(P57) 

 本資料は、「シルバー民主主義」を前提しているように見える(少なくとも、「シルバー民主主義」を否定的には捉えていない)。このページの文言だけからではなく、全体として「高齢者と若者」という対立図式の印象がある。

シルバー民主主義というのは、

少子高齢化の進行で有権者に占める高齢者(シルバー)の割合が増し、高齢者層の政治への影響力が増大する現象。選挙に当選したい政治家が、多数派の高齢者層に配慮した政策を優先的に打ち出すことで、少数派である若年・中年層の意見が政治に反映されにくくなり、世代間の不公平につながるとされている。主に民主主義体制の先進国で見られる。中でも急速に高齢化の進む日本では、社会保障制度の抜本的な改革が先送りされ、年金、医療、介護など高齢者向けの支出が増える一方、教育や子育てなどの分野に充てられる費用が縮小し、勤労世代への負担が増加するという世代間格差が拡大している。このまま社会保障費の増大に歯止めがかからなければ、国の財政が行き詰まって社会保障制度が機能しなくなる可能性があり、20歳以下の将来世代への影響も懸念されている。(2013-11-22、知恵蔵)

国政の場よりも深刻なのが地方自治体で、保育園の増設、小学校の耐震補強などの予算よりも、高齢者向け文化センターの建設、高齢者向けイベントへの支援金措置などが優先される事態が頻発している。シルバー民主主義の問題点は、若年層の福祉を意図的に軽視することである。たとえば、正社員としての就職がかなわず短期の派遣社員として不安定な生活を送る若者に対し、「本人のやる気不足」「親の教育の問題」といった精神論でかたづけ、構造的問題としてとらえることを避けようとする。(日本大百科全書)

本資料は、上記「知恵蔵」と概ね共通の「事実認識」を有しているように思われる。

 

まず「シルバー民主主義」という言葉遣いについて考えてみよう。「知恵蔵」が言っていることは、「多数派に配慮した政策が優先されることで、少数派の意見が政治に反映されにくい」ということである。「民主主義」を「多数決原理」と同じと考えるならば、これは当たり前のことである。多数派の意見を無視して、少数派の意見がまかり通ったら、それこそ問題ではないか。しかし、ここに「世代」を持ち込むと、これは「世代間の不公平」につながるという。これはどういう意味か。先入観を捨てて考えてみよう。「世代」という言葉が、先入観を植え付ける。そこで、一方をグループAとし、他方をグループBとする。AとBの意見が対立する時、多数派のAの政策を採用したら、それは「A・B間の不公平」につながるというのであろうか。「不公平」とは何か? 少数派のグループBの政策を採用すれば、「公平」になるというのだろうか。もしそれを主張するなら、「多数決原理」を否定することになる。「シルバー民主主義」という言葉は、「多数決原理」を否定するような含みがある。

この議論では、「民主主義を多数決原理と同じと考えるならば」という条件をつけた。ここで「民主主義」とは何かという議論を始める意図も能力もないので、ごく簡便に事典をみておこう。

民主主義を表す英語のデモクラシーという語は、もともとはギリシア語のdemos(人民)とkratia(権力)という二つの語が結合したdemocratiaに由来する。したがって、民主主義のもっとも基本的な内容としては、人民多数の意志が政治を決定することをよしとする思想や、それを保障する政治制度あるいは政治運営の方式、と要約できよう。(田中浩、日本大百科全書

人民が権力を所有し行使する政治形態。古代ギリシャに始まり、17、18世紀の市民革命を経て成立した近代国家の主要な政治原理および政治形態となった。近代民主主義においては、国民主権基本的人権・法の支配・権力の分立などが重要とされる。現代では政治形態だけでなく、広く一般に、人間の自由と平等を尊重する立場をいう。(デジタル大辞泉

田中は、「人民多数の意志が~」と言っているが、これは国王や君主の絶対権力に対する人民多数の意味であって、人民内部の多数派・少数派を意味しない。この説明をみれば、民主主義の概念を、「多数決原理」に矮小化して理解すべきでないことが了解される。では、民主主義を「多数決原理」と同じとはみなさないで、それを一部に含むようなものと考えるならば、先の議論はどうなるか。

ここで話を複雑にしないで(絶対主義権力とか国民主権とかいう話は措いておき)、「集団における民主的な意思決定の問題」と考えたらどうなるか。集団メンバーで話し合って、何事かを決めた場合に、少数派の意見が通らなかったら、少数派が「これは、××民主主義だ」(××は、多数派の蔑称*1)と主張するのは、感情的な反発だと言ってよいだろう。「話し合い(議論)」と「決定ルール」が、問題のポイントである。話し合って、妥当なルールで決定したのであれば、このような「決めつけ」をすることは、適切ではない。十分な話し合い(議論)がなく、不当なルールで決定したのであれば(多数の横暴、少数意見の無視・軽視)、そこを問題にすべきであって、「××民主主義だ」と叫ぶのは、いたずらに対立を煽るものである。

「シルバー民主主義」というのは、「自公民主主義」というのと、論理的に同型である。果たして、「シルバー民主主義」を主張する者は、「自公」の力を弱めよと主張するのだろうか。

本資料の作成者にこのような対立を煽る意図はなかっただろうが、「シルバー民主主義」なる言葉を安易に用いることは適切ではない。(パワーポイントのような資料では、簡潔な表現がなされるので、とりわけ言葉の選び方には注意を要する。誤解を与えるような表現をすべきではない)。

なお「金持ち民主主義」といった場合、「シルバー民主主義」とは、意味合いが異なる。「金持ち」は「少数派」である。そして「民主主義国家」であるにもかかわらず、少数派の金持ち優遇の政策がとられることを問題にしている。なぜ「多数派の貧乏人」が、「金持ち優遇策」を支持するのかを問題にしている。しかし、これも「話し合い(議論)」と「決定ルール」が、問題のポイントなのかなという気がしている(他にも考えられるが、いずれ検討したい)。

 

「シルバー民主主義」(世代間不公平)の考え方には、極めて「不自然な人間観」があるように思われる。…親が子や孫を思い(思いやり)、子が親や祖父母を思う(思いやる)。これが自然ではなかろうか。「思いやるべきである」というのではない。無条件の価値前提である。私はこういう「思いやり」は、遺伝機構の中に組み込まれているのではないかと考えている。そして、こういう「思いやり」のない人間(ヒト)は、「自閉症スペクトラム障害」かもしれないと考えている。(刷り込み(2)「発達障害」の原因は、「刷り込み」の障害にある? 参照)

子や孫を思いやるということは、自己の利益(幸福)のみを追求するのではなく、子や孫の利益(幸福)をも願うということである。子や孫の利益(幸福)はどうでも良い、自分さえ良ければそれで良い、などという人は見たことも聞いたこともない(ゼロだと言っているのではない)。但し、自分の血族でなければ、どうでも良いという人はかなりいる。でも普通の良識ある人間であれば、他人の子どもであっても、どうでもよいとは思わないだろう。貧しくて、飢えている子どもをみたら、心を動かされるだろう。…子どもは親を思いやる。育てられている間は、反発することもあろうが、年老いて体が不自由になってくれば、いろいろ手助けするだろう。爺さん、婆さんの年になれば、ボケてきたりするだろう。そんな時、「私は知らぬ、勝手に死ねば」などと思ったりはしない。

ところが「シルバー民主主義」(世代間不公平)を唱える人は、(極端に言えば)「老人にカネを使わず、若者にカネをまわせ」という。ここには「親が子を思い、子が親を思う」つまり「老人が若者を思い、若者が老人を思う」という事実認識(人間観)がない。なぜこういった誤った事実認識に陥るのか。私はそれは多分に「自由主義あるいは個人主義」のイデオロギー(教育・宣伝)が影響していると思う。経済学の市場経済論が、個人主義(利己主義)を前提していることも影響しているだろう。

 

 

現実の政策はどうであったか。例えば、高齢者医療制度については、過去いろいろと検討されている。高齢化の進展に伴う医療費の増加が問題とされ、抜本改革の議論が為されている。(下記、厚労省の資料参照)

(なお現在は、70歳以上の老人でも現役並み所得者の自己負担割合は3割になっている)

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http://www.mhlw.go.jp/bunya/shakaihosho/iryouseido01/info02d-24.html

 

老齢年金については紹介しないが、さまざまな改正が繰り返されてきた。

少子化対策についても、ずいぶん昔から議論されている。正確にはいつ頃からか知らないが、ちょっと目についたところでは、

エンゼルプラン…1994年(平成6年)に文部・厚生・労働・建設各大臣(当時)の合意により、1995年から実施された「子育て支援のための総合計画」のこと。少子化の進展を受け、政府の政策の柱とされている。低年齢児を受け入れるための保育所の増設、時間延長・休日保育などが盛り込まれている。1999年度には、計画の見直しがなされ、「新エンゼルプラン」が策定された。

新エンゼルプラン…2000年に発表された、子育てを支援するための計画。「少子化対策推進基本方針」にもとづく重点施策の具体的実施計画として大蔵・文部・労働・建設・自治の6大臣の合意により策定された。「重点的に推進すべき少子化対策の具体的実施計画について」が正式名称。(wikipedia「新エンゼルプラン」)

 老人駆除法施行

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http://sayuflatmound.com/?p=11129

 

バブル崩壊少子高齢化の進展に伴い、社会保障に関しては、厚労省を中心にさまざまな議論と制度創設、改正が行われてきたことは、素人でも知っている。

今回の資料は経産省のものであるが、当然これらの制度改正、議論を踏まえてのものだと思う。(同じ「公務員」なのだから、他省庁のものではあっても、データを入手しやすいだろう)

では、本資料が言う「大胆な改革」とは何か。本質的な課題とは何か。

P54で次のように述べている。

社会の仕組みを新しい価値観に基づいて、抜本的に組み替える時期に来ているのではないか。

  1.  一律に年齢で「高齢者=弱者」とみなす社会保障をやめ、働ける限り貢献する社会へ
  2. 子どもや教育への投資を財政における最優先課題に
  3. 「公」の課題を全て官が担うのではなく、意欲と能力ある個人が担い手に(公共事業・サイバー空間対策など)

 今回は、これらの詳細を検討することはしないが、この①②③が、「新しい価値観」なのだろうか、「大胆な改革」のための理念たりうるのか。

*1:シルバーは、通常は「老人」、「高齢者」の婉曲表現であるが、この文脈で「シルバー民主主義」というときのシルバーは、「老人」、「高齢者」の蔑称に転化している。