浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

STAP細胞 法と倫理(14) 「懲戒解雇」の検討(2)

f:id:shoyo3:20150117095217j:plain

今日(2015/2/10)、理研より、研究不正行為に関する処分等について発表された。小保方は「懲戒解雇相当」、若山は「出勤停止相当」とされたが、前回記事で紹介した東大の多比良、川崎の懲戒処分発令時のような「処分理由書」がない。判決理由のない判決主文のみの発表? 信じられない。

 

今は、法令ではない就業規則に記載されている「懲戒解雇」の法的な有効性(と同時に懲戒権濫用法理)を一般論として検討しているので、この検討を進めていく。

 

(前回の続き)次に民間企業ではどうかみてみよう。

民間企業における懲戒処分:民間企業において使用者が懲戒処分を行うためには、あらかじめ就業規則にその種類・程度を記載し、当該就業規則に定める手続きを経て行わなければならない(労働基準法第89条)。また就業規則は労働者に周知させておかなければならない(労働基準法第106条)。これらの手続きに瑕疵があると、たとえ労働者に懲戒処分に該当するような非行があったとしても、処分自体が無効とされることもありうる。懲戒処分の内容をどのようなものにするかは公序良俗に反しない限り各企業の任意であるが(民法第90条)、使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為を性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は無効となる(労働契約法第15条)。通常は公務員の規定に準じて、上記各号と同様の懲戒処分とされていることが多い。ただし、公務員と違って懲戒免職ではなく懲戒解雇と呼ばれる。また、停職を「出勤停止」と読み替える会社もある。

ただし実際には、企業は従業員の長期的キャリアを重視して、服務規律の違反があっても他の事実上ないし人事上の手段(上司による叱責、査定上の不利益、左遷、昇進取りやめ等)による処理を旨とし、懲戒処分の発動は、非行の性質・程度が重大なケースないしは企業秩序への挑戦の性格の濃いケースに限る傾向にある。このような実態を前提にして、労働基準法での就業規則への記載に係る条数は少ない。

この引用で、注意すべきはアンダーラインの部分である。労働契約法第15条、16条は次の通り定めている。

労働契約法第15条(懲戒) 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

労働契約法第16条(解雇) 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 

菅野和夫労働法(第8版)」は、次のように言っている。

「懲戒処分」とは、通常は、従業員の企業秩序違反行為に対する制裁罰であることが明確な、労働関係上の不利益措置を指す。…このような懲戒処分は、使用者からすれば企業の秩序・利益を維持するために不可欠の制度であるが、労働者にとっては労働関係上の重大な不利益を受ける制度である。

そもそも使用者は、いかなる法的根拠に基づいて懲戒処分をなしうるのか。…懲戒処分は、企業秩序違反者に対し使用者が労働契約上行いうる通常の手段(普通解雇、配転、損害賠償請求、一時金・昇給・昇格の低査定など)とは別個の特別の制裁罰であって、契約関係における特別の根拠を必要とする。即ち、使用者はこのような特別の制裁罰を実施したければ、その事由と手段とを就業規則において明記し、契約関係の内容として樹立することを要する。…また就業規則上のそれらの定めは限定列挙と解すべきこととなる。

「懲戒解雇」は懲戒処分の極刑であって、…懲戒解雇に通有の性質は、「懲戒」の名が付されることによって、秩序(規律)違反に対する制裁としての解雇たることが明らかにされ、再就職の重大な障害となるという不利益を伴うことである。

主要な懲戒の事由としては次のようなものがある。

①経歴詐称、②職務懈怠、③業務命令違背、④業務妨害、⑤職場規律違反、⑥従業員たる地位・身分による規律の違反

このうち、従業員たる地位・身分による規律の違反とは次のようなものである。

1) 私生活上の非行…不名誉な行為をして会社の体面を汚したとき(会社の名誉、体面、信用の毀損)、犯罪行為を犯したとき(犯罪行為一般)。従業員の私生活上の言動は、事業活動に直接関連を有するもの及び企業の社会的評価の毀損をもたらすもののみが企業秩序維持のための懲戒の対象となりうるにすぎない。

2) 無許可兼職 3) 誠実義務違反

なお、普通解雇とは、次のような場合の解雇である。…病気が1年以上続き回復の見込みが無い。怪我をして2年も長引き業務に支障がある。専門職として採用したが、専門技術が著しく低い。職務遂行能力が欠如している。(Wikipedia)

菅野は、懲戒権濫用法理(労働契約法第15条)の内容を、懲戒処分の有効要件として、以下の3つにまとめている。

1)懲戒処分の根拠規定の存在…懲戒処分が有効とされるためには、「使用者が労働者を懲戒することができる場合」でなければならず、すなわち、使用者に懲戒権が認められなければならない。このためには、前述のように、懲戒の理由となる事由とこれに対する懲戒の種類・程度就業規則上に明記されていなければならない。

2)懲戒事由への該当性…労働者の問題の行為が就業規則上の懲戒事由に該当し、客観的に合理的な理由があると認められなければならない。懲戒処分の有効性を争う裁判においては、当該懲戒処分に係る具体的な行為が、当該種類の処分の理由として規定された懲戒事由に該当するといえるか否かが中心的争点となり、当該行為の性質・様態等に照らしての該当性いかんが判定される。そして、この判断において、広範・不明瞭な懲戒事由の規定についての合理的な限定解釈が行われることが多い。

3)相当性…懲戒は、理由とされた「当該行為の性質・態様その他の事情に照らして社会通念上相当と認められない場合」には無効となる。いわゆる相当性の原則であって、多くの懲戒処分(特に懲戒解雇)が、当該事犯の懲戒事由該当性が肯定されながらも、当該行為の性質・様態が被処分者の勤務歴等に照らして重きに失するとして、特に懲戒解雇処分が無効となることが多い。使用者が当該行為や被処分者に関する情状を適切に斟酌しないで重すぎる量刑をした場合には、社会通念上相当なものと認められないとして、懲戒権を濫用したものとされる

ここで、人事院の「懲戒処分の指針」(最終改正:平成20年4月1日)を見ておこう。http://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/12_choukai/1202000_H12shokushoku68.htm

第1 基本事項

  本指針は、代表的な事例を選び、それぞれにおける標準的な懲戒処分の種類を掲げたものである。

  具体的な処分量定の決定に当たっては、

 ① 非違行為の動機、態様及び結果はどのようなものであったか

 ② 故意又は過失の度合いはどの程度であったか

 ③ 非違行為を行った職員の職責はどのようなものであったか、その職責は非違行為との関係でどのように評価すべきか

 ④ 他の職員及び社会に与える影響はどのようなものであるか

 ⑤ 過去に非違行為を行っているか

 等のほか、適宜、日頃の勤務態度や非違行為後の対応等も含め総合的に考慮の上判断するものとする。

代表的な事例がまとめられているが、このうち懲戒免職の項目を参照すると、無断欠勤21日以上の他は、すべて法律により犯罪とされているものである。

公務外非行関係…放火殺人、横領、窃盗・強盗、詐欺・恐喝、麻薬所持・使用、淫行

公金官物取扱い関係…横領窃取詐取

飲酒運転・交通事故・交通法規違反関係…飲酒運転、飲酒運転以外での人身事故(死亡または重篤な傷害、措置義務違反あり)

一般服務関係…正当な理由なく21日以上の欠勤、違法な職員団体活動(煽り、唆し)、秘密漏えい、入札談合等に関与する行為、セクハラ

アンダーラインを引いたものは免職(民間企業の解雇)であるが、それ以外は免職または停職である。

民間企業においてもほぼ同様と考えられる。即ち、就業規則によってではなく、法律によって犯罪とされているものが、懲戒解雇の事由とされているものと考えられる

なお、一般服務関係で、虚偽報告(事実をねつ造して虚偽の報告)を行った職員は、減給又は戒告とする、とある。

 

そうすると、「研究不正」が「懲戒解雇」相当とするならば、法体系の中にどのように位置づけられるべきなのか?

 

(続く)