浮動点から世界を見つめる

井蛙には以って海を語るべからず、夏虫には以て冰を語るべからず、曲士には以て道を語るべからず

記憶の過程

長谷川寿一他『はじめて出会う心理学(改訂版)』(20) 

第11章 知覚 の最後に、「知覚の恒常性」という話題があるが、あまり興味が持てないので、備忘としてメモしておくにとどめる。

ある特定の事物を知覚する場合,そこから感覚器官に送られる刺激作用は時々刻々変化するが,一般にこうした刺激作用の変化にもかかわらず,その事物はほぼ同一の特性をもつものとして知覚される傾向にあり,そのような知覚現象を総括する用語。①大きさの恒常:事物の観察距離が変化するとその網膜像の大きさも変化するが,知覚される大きさはほぼ一定に保たれる。②形の恒常:観察される方向により事物の網膜像の形には種々のひずみを生じるが,どの方向から見てもいつもほぼ同形として見える。③明るさの恒常…物体の反射する光の量が変化してもその明るさの印象がそれに伴って変化せず,比較的恒常に保たれる現象。④位置の恒常:目,頭を動かして静止した事物を観察した場合,網膜像は動くが事物は静止して見える。⑤色の恒常:照明光の種類 (波長) ないし色調がある程度変化しても,物の色調,あるいは表面色がそれに伴って変化せず,近似的に恒常のまま現れる。その他、音の恒常など視覚以外でもその存在が指摘されている。(ブリタニカ国際大百科事典、「恒常現象」、「明るさの恒常」、「色の恒常」)

知覚が、網膜像だけで形成されるものではないとすれば何ら不思議なことではない。

 

今回は、第12章 記憶 である。こちらは「脳力」に関係する話なので、少し詳しく見ていきたい。「何事によらず彼は徹底的に考える脳力のない男である」〈漱石吾輩は猫である

記憶は、1.記銘、2.保持、3.想起の3つの過程から構成されているとされる。(本書は、1.符号化、2.貯蔵、3.検索としている)。

記銘…情報を憶えこむことを記銘という。情報を人間の記憶に取りこめる形式に変えるという情報科学的な視点から符号化と呼ばれることが多い。
保持…情報を保存しておくことを保持という。情報科学的な視点から貯蔵と呼ばれることが多い。
想起…情報を思い出すことを想起という。情報科学的な視点から検索と呼ばれることが多い。(Wikipedia*1

コンピュータの記憶装置について見ておこう。

コンピュータは、中央処理装置(CPU)、 主記憶装置(Main Memory)、補助記憶装置(HDDあるいはSSDなど)、 およびキーボードやディスプレイ等の入出力装置が、バス(Bus)と呼ばれる情報伝達路で結ばれている。

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  • 主記憶装置: プログラムやデータを置いておく場所。高速な読み書きが可能であるが、CPUの 処理速度に比べると遅い。 電源を切ると記憶内容が失われる(揮発性メモリ)。
  • 中央処理装置: 主記憶装置上に置かれたプログラム(命令の集まり)を バスを経由して順次読み込み、高速に実行する。
  • 補助記憶装置プログラムやデータの永続的な保管場所。読み出し/書き込みの速度は主記憶装置に比べるとはるかに遅いが、電源を切っても、記憶内容は保持される(不揮発性メモリ)。
  • その他キーボードやマウスなどの入力装置、ディスプレイやプリンタなどの出力装置などもバスに接続される。(http://kaihooo.com/computer/

記憶の過程を、コンピュータとのアナロジーで考えるのはたぶん示唆的であろうが、単に言葉を置き換えただけでは何も理解したことにはならない。人間の記憶において、符号化、貯蔵、検索とは、どういう意味なのか。例えば、ギャラリーで下のような絵を見たとき、記憶メカニズムはどのように作動するのか。

 

真条彩華『鬼百合と蜜蜂』(2014)

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http://www.gallery-tsubaki.net/2014/0510gt/info.htm

 

上の絵を、符号化、貯蔵、検索で説明できるか。コンピュータの場合は、入出力は意図的なものであるが、人間の記憶の場合は意図的でない場合がほとんどであろう。上の絵がそれ単独で記憶されることはない。いつ、誰と、どんな気分のとき見たか、連れは、何と言ったか。他に観客はいたか。タイトルの「鬼百合と蜜蜂」は何を意味しているか。それらが同時に記憶される。入力情報にしてからが、既に記憶との相互作用による。仮に、上の絵を意図的に覚えておきたいとしたら、どのように符号化するのだろうか。関連情報は切り捨てるのか。また仮に、上の絵を「うろ覚え」していたとしよう。この場合、何が検索されるのだろうか。

記憶の話は、最近のトピックで言えば、AIや認知症の話とも関連する。そうした話題と関連付ければ、記憶の話も面白くなるだろう。より根本的には、「人間とは何か」、「生命とは何か」という問いに対して、「記憶」がどういう役割を果たしているかについて考えてみたいものである。

 

記憶はさまざまに分類されるが、「保持時間に基づく分類」として、心理学領域では、感覚記憶、短期記憶、長期記憶に区分される。

感覚記憶…最も保持期間が短い記憶である。各感覚器官に特有に存在し、瞬間的に保持されるのみで意識されない。外界から入力された刺激情報は、まず感覚記憶として保持され、そのうち注意を向けられた情報だけが短期記憶として保持される。

短期記憶…保持期間が数十秒程度の記憶である。保持時間だけではなく、一度に保持される情報の容量の大きさにも限界があることが特徴とされる。

長期記憶…短期記憶に含まれる情報の多くは忘却され、その一部が長期記憶として保持される。この保持情報が長期記憶として安定化する過程は記憶の固定化と呼ばれる。長期記憶は保持時間が長く、数分から一生にわたって保持される記憶である。短期記憶とは異なり、容量の大きさに制限はないことが特徴とされる。長期記憶には、後述するように、陳述記憶(エピソード記憶意味記憶)と非陳述記憶(手続き記憶、プライミングなど)が含まれる。(脳科学辞典、https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%A8%98%E6%86%B6%E3%81%AE%E5%88%86%E9%A1%9E

チャンク(短期記憶の補足)

心理学者ミラーの提唱した概念で、人間が情報を知覚する際の「情報のまとまり」のこと。また、その単位。たとえば、「かがみもち」を、平仮名5文字として知覚すると5チャンク、「鏡」と「餅」として理解すると2チャンク、「鏡餅」のこととして理解すると1チャンクとなる。ミラーによれば、人間が一度に覚えられるチャンクの数には限界があり、7±2チャンクとされる(この値をマジカルナンバーという)。ただし、複数のチャンクをグループにし、より大きな1つのチャンクにまとめることで、知覚・記憶する情報量を増やすことができる(これをチャンキングと呼ぶ)。複雑な内容をわかりやすく伝達するためには、情報を減らしたりまとめたりして、チャンクの数を7〜5以下に抑えることが効果的である。(ナビゲート ビジネス基本用語集)

チャンクという概念は面白いが、この説明を真に受けるのはどうかと思う。5チャンク未満なら覚えが悪く、7チャンク超なら覚えが良いと評価して良いものか。

その後の研究で、容量は覚える素材の種類に依存し、数字なら約7個、文字なら約6個、単語なら約5個であることが分かってきた。…一般に言語的素材(数字、文字、単語)の記憶容量は、その人がその素材を声に出して読んだときにかかる時間と関係があると考えられ、素材についての知識状態(その単語を知っているか)にも依存する他にも容量に影響する要因があり、人間のワーキングメモリや短期記憶のチャンク数を具体的に定量化することは難しい。Cowan (2001)によれば、…若年成人の純粋な短期記憶容量は約4チャンクになる(子どもや高齢者ではこれよりも少ないとの報告もある)。(Wikipedia

「複雑な内容をわかりやすく伝達するためには、情報を減らしたりまとめたりして、チャンクの数を7〜5以下に抑えることが効果的である」というのは疑問である。「複雑な内容」を理解する前に、「情報を減らしたりまとめたり」するのは、全く賛成できない。それは「決めつけ」であり、「独断」である。但し、複雑な内容を理解した上での「名前」であれば、取り扱いが容易にはなる。

 

ワーキングメモリ(短期記憶の補足)

これは次回とりあげよう。

*1:Wikipediaは、「忘却」を、記憶の第4番目の過程としているが、これは異質だと思われる。