浮動点から世界を見つめる

井蛙には以って海を語るべからず、夏虫には以て冰を語るべからず、曲士には以て道を語るべからず

ワーキングメモリは、メインメモリである。

長谷川寿一他『はじめて出会う心理学(改訂版)』(21) 

今回は、第12章 記憶 のうち、ワーキングメモリをとりあげる。

ワーキングメモリに関する研究成果は、自閉症や注意欠陥多動障害(ADHD)*1理解を深め、指導方法を改善に導くのに有用であるとされている。また、人工知能研究にも応用されている。(Wikipedia

発達障害人工知能研究との関連で、ワーキングメモリに注目したい*2

では、ワーキングメモリ(作業記憶または作動記憶)は、短期記憶と同じなのか異なるのか?

ワーキングメモリ(Working Memory)とは認知心理学において、情報を一時的に保ちながら操作するための構造や過程を指す構成概念である。…この用語以前には、ワーキングメモリに相当する概念は短期記憶、operant memory、provisional memory などと呼ばれていた。今日、研究者のほとんどはワーキングメモリの概念をそれらの代替とするか、短期記憶の概念がワーキングメモリに包含されると考えている。ワーキングメモリという用語を短期記憶という用語と特に区別して使うことには、受動的な記憶保持よりも能動的な情報操作の側面を強調する意図があると思われる。(Wikipedia

短期記憶というと記憶保持のイメージが強いので、情報操作をも含むワーキングメモリ(作業記憶)という用語のほうが適切だろう。

 

以下、苧阪(おさか)直行の解説をみていく。(前頭前野とワーキングメモリ、https://www.jstage.jst.go.jp/article/hbfr/32/1/32_7/_pdf

ワーキングメモリとは

記憶は一般に,過去に経験したり学習したことの記銘とその想起をさすのに対し,ワーキングメモリは未来を志向した記憶であり,行動や認知のプランを考えたり、その実行とかかわる記憶をさすことが多い。

コンピュータとの対比が理解しやすい。

パソコンが身近になりつつあった 1980 年代には処理した情報の中間結果を一時的に置いておくメモリ領域のことを作業記憶(ワーキングメモリ)領域と呼んでいた。中間の結果をもとに最終の結果をさらに計算するのであるが,当時はコンピュータのメモリが非常に高価であったので,コンピュータの中央演算装置で計算処理したデータを一時的に保持しておく作業記憶領域は貴重な存在であった。

前回の記事で引用した図を再掲する。

 

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  • 主記憶装置: プログラムやデータを置いておく場所。高速な読み書きが可能であるが、CPUの 処理速度に比べると遅い。電源を切ると記憶内容が失われる(揮発性メモリ)。
  • 中央処理装置: 主記憶装置上に置かれたプログラム(命令の集まり)を バスを経由して順次読み込み、高速に実行する。
  • 補助記憶装置: プログラムやデータの永続的な保管場所。読み出し/書き込みの速度は主記憶装置に比べるとはるかに遅いが、電源を切っても、記憶内容は保持される(不揮発性メモリ)。

http://kaihooo.com/computer/

 

主記憶装置(メインメモリ)が作業記憶(ワーキングメモリ)に相当し、補助記憶装置は長期記憶に相当すると言えよう。なお、主記憶装置に容量があるように、作業記憶(ワーキングメモリ)にも容量がある(脳部位の制約)。

計算機と異なりワーキングメモリは心的シミュレータとして,さまざまな条件を考慮しながら結果を予測し,目標志向的な行動を遂行する適応的システムとして捉えられてきた。したがって,ワーキングメモリは思考や認知などの高次認知の基盤を担うとともに,行為やプランを準備し,実行するためのアクティブな記憶であるといえる。…人間のワーキングメモリはコンピュータのような単なる情報の保持だけでなく,中央演算装置が担っていた処理や操作のはたらきも持ち得ることもわかってきた。

つまりワーキングメモリは、中央処理装置(CPU)と主記憶装置をあわせたもの[保持と処理を同時的に調整するための機構]である、というのである。そうであれば、「思考や認知などの高次認知の基盤を担うとともに,行為やプランを準備し,実行するためのアクティブな記憶である」というのも了解されよう。

繰り返しになるが、ワーキングメモリと短期記憶の違いを再確認しておこう。

短期記憶が保持の機能のみに注目する受動的な一時記憶であるのに対し,ワーキングメモリは保持と処理の双方にかかわる能動的かつ目標志向的な一時的記憶である点で異なる。さらに,ワーキングメモリの動的な性質は,情報を更新したり調整したりする点でも短期記憶と違った側面をもつ。

苧阪は、ワーキングメモリの働きのポイントは、以下の点にあるとしている。

ポイントは、注意の実行系という認知的制御にかかわるシステムが中心的な役割を果たしている点である。ワーキングメモリは,学習した知識や経験を絶えず長期記憶から検索参照しながら,適応や問題解決に向けて方略を選択してゆくという目標志向的な性質も合わせもつと共に、すでに述べたように,読解力や理解力,ひいては創造的な思考力や流動的知性とも深くかかわる。

具体的にはどういうことか?

会話や暗算においては,会話の目標は理解であり,暗算の目標は正しい答えを得ることである。これらの課題に共通しているのは,情報の一時的保持と並行的な処理である。会話の場合は相手の話の内容をしばらく保持し,そこに含まれる情報を理解する認知処理を行う必要があり,暗算の場合は桁に繰り上がりがあれば,その情報を一時的に保持し並行して計算という処理を進める必要がある。保持した情報を生かして処理に使うことができ,逆に処理した情報を有効に保持することができれば,ワーキングメモリはその役割を果たしているといってよいであろう。

会話と暗算とでは、長期記憶の検索参照の度合いが全く異なり、「処理」といってもかなり様相が異なるだろう。

保持や処理が「脳のメモ帳」の容量を超え,一時的にオーバーフローすると「物忘れ」や「行為のし忘れ」などの認知や行動のミスが生じる。これは,保持と処理の最適なダイナミックスのバランスが崩れた時に生じる。

「物忘れ」や「行為のし忘れ」をどの程度のものと考えるかによって、ワーキングメモリのオーバーフローとは言い切れないだろう。昨日の昼食に何を食べたかを思い出せない場合、それはオーバーフローによる「物忘れ」か。

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https://jpn.nec.com/products/bizpc/promotion/ssd/index.html

 

ワーキングメモリのマルチコンポーネントモデル

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このモデルでは,図のように注意の制御機能を担う中央実行系機能(central executive function)のもとに,音韻ループ(phonological loop),視空間的スケッチパッド(visuospatial sketchpad)とエピソードバッファ(episodic buffer)とよばれる 3 つのサブシステムが協調しながらはたらくと想定されている。音韻ループと視空間スケッチパッドはそれぞれ,人間の高次認知を形成する二大認識要素とされる言語と空間性のワーキングメモリと対応しており,それぞれ言語や視覚的意味を理解する役割を担っている。一方,エピソードバッファは音韻ループと視空間的スケッチパッドを調整したり,エピソードや知識にわかわる長期記憶を音韻ループや視空間的スケッチパッドにインターフェースするはたらきを担うと想定されている。これらは実行系の働きによって統合されると考えられている。一時的な記憶を「脳のメモ帳」のなかでバランスよく使うためには,この実行系機能の調整の役割が重要である。

Wikipediaによれば、音韻ループ(サブシステム)は、

音声情報を格納し、その内容を“心の中で声に出して繰り返す”ことで記憶痕跡をリフレッシュして破壊を防ぐ。

また視空間的スケッチパッド(サブシステム)は、

視覚的および空間的情報を格納する。視覚システム(形、色、質感などを扱う)と空間システム(位置を扱う)に分けられる。

エピソードバッファとは、

音声/視覚/空間情報を統合した表現を保持し、さらに長期記憶情報(意味情報や音楽情報など)へのアクセスと統合も担当する。エピソードと呼ばれるのはエピソードとして関連する情報を統合すると見なされているためである。エピソードバッファは長期記憶の一部であるエピソード記憶に似ているが、短期的な記憶であるという点で異なる。

簡単に言えば、中央実行系(CPU)が、ワーキングメモリ(Main Memory)という脳部位において、音声・視覚・空間情報を、長期記憶情報を検索参照しながら、処理する、ということになろうか。

この「まとめ」ではあまり面白くないが、私は「心の中で声に出して繰り返す」というフレーズが気に入った。それは、どういう<>であるのか?

*1:

発達障害と認知機能

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http://cogniscale.jp/disease/dd/

*2:発達障害人工知能に興味がなくても、人間の認識・意識・心・存在の有りように関心があれば、ワーキングメモリに注目すべきだろう。