浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

先進医療 スウェーデンの医療システム改善

香取照幸『教養としての社会保障』(7)

今回は、第3章 日本の社会保障-戦後日本で実現した「皆保険」という奇跡 第6節 日本の社会保障の現状と評価(p.85~)である。

日本の社会保障制度は国際的にどう評価されているか

  • わが国が実現してきた社会保障制度、特に医療や介護(長期ケア)の制度に対する国際的評価はきわめて高い。
  • 日本の医療制度では、保険が適用されない医療はほとんどない。保険がきかない医療(自由診療)は美容整形ぐらいである*1。それ以外は、どんな高額な医療でも、先端的な医療でも、かなり早い段階で保険が適用されるようになっている。
  • 日本の医療の受診のしやすさ、医療機関へのアクセスも世界一である。保険証1枚あれば、国民はいつでも自分が行きたいと思う医療機関に行くことができる。…多くの国は主治医や地域ごとの担当医がいて、まずそこで診断を受けその医師の判断を経なければ、大病院や専門病院に行くことができない。

「どんな高額な医療でも、先端的な医療でも、かなり早い段階で保険が適用されるようになっている」というのは、ちょっと気になる部分である。というのは、「先進医療に係る費用」については全額自己負担となっているからである。

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https://www.hokende.com/life-insurance/cancer/columns/about_advanced_medical

 

先進医療部分は全額自己負担である(上記例では20万円)が、一般治療と共通する部分(診察・検査・投薬・注射・入院量など)は保険給付されるので、80万円とすると自己負担は24万円である(3割負担の場合)。高額療養費制度が適用されるので、自己負担は、例えば85,430円となる。結局、総医療費100万円で、自己負担は285,430円である。(上記例の数字は、厚労省資料の例示であるが、もちろん先進医療にかかる費用はバラツキがある。重粒子線治療や陽子線治療は高額である。)

なぜ、先進医療に健康保険が適用されないのか?(金持ち優遇ではないか?)

先進医療は、厚生労働省の『先進医療の概要』によって、「厚生労働大臣が定める高度の医療技術を用いた療養その他の療養であって、保険給付の対象とすべきものであるか否かについて、適正な医療の効率的な提供を図る観点から評価を行うことが必要な療養」と定められている。つまり、厚生労働省が認める先進的医療であり、保険診療の対象として適正かを評価中の医療技術を指している。

厚生労働省に認定されている先進医療技術は、…先進医療A(未承認・適応外の医薬品や医療機器を使わない、それらを使っても人体への影響が極めて少ない。国が実施可能な医療機関施設基準を設定)が29[28]種類、先進医療B未承認・適応外の医薬品を使用している、それらを使用していなくても医療技術の安全性・有効性等に鑑み、重点的な観察・評価が必要なもの医療機関ごとに実施の可否を決定)は63[58]種類ある。(2018/5/1現在。[ ]内は、2019/10/1現在)*2

現状を見ると、

・先進医療の実施件数自体は決して多くはない

・高額な費用が必要な医療技術であっても、その治療を受ける可能性はかなり低い

・誰もが大きな費用負担に備えなければならない状況ではない

 (https://zuuonline.com/archives/186560/2)

先進医療の内容がこのようなものであれば、健康保険が適用されないのは、妥当な判断であると考えられる。*3

民間医療保険の「先進医療特約」はリスクを煽って勧誘しているのかと思ったが、特約保険料は高くはないので、そうでもなさそうだ。

 

スウェーデン(福祉先進国)の例

福祉先進国スウェーデンの医療制度はどのようになっているのだろうか。

  1. 自分の地域を担当する地区保健医療センターに電話し、看護師に自らの症状等を説明し、看護師が重症度を判断(トリアージ)して予約の調整を行う。…医師による診察が必要と判断された場合、センターから医師(プライマリー医)に対して予約が入れられる。…受診は数日から数週間後になる。
  2. 医師(プライマリー医)の診察の後、確定診断等のために更なる検査が必要な場合や専門医による診断が必要な場合には、病院(専門医)に受診することになる。この場合も看護師等が病院との調整を行い、診察日・検査日の予約調整を行う。
  3. 専門医の診察が行われ、手術等が必要と判断された場合には、入院治療等が行われることになり、手術について予約待ちをすることになる。

これだけ読むと、日本の制度が良いように思うが、本当のところはどうなのだろうか。

スウェーデンの病院は「出来高払い」ではなく「総予算制」なので、1年間に実施できる手術数はほぼ決まっており、手術のための長期間の待機がある。スウェーデンではこの「待機」が大きな社会問題となっていて、2005年に「診療保証制度」と呼ばれる取り組みを導入した。

 

スウェーデンの医療制度に関する興味深い記事があったので見ておこう。(以下、スウェーデンの医療制度改革と高齢化対策より引用)

医療サービスは、スウェーデン社会保険には含まれておらず税による公営のサービスとなっている。費用はランスティング(日本の県に類似した広域自治体)の税収と国の補助金、患者の自己負担によって賄われており、財源のうち約7割は税収が占める。

保険か税かは大きな論点であり、後で考えることにしよう。

ランスティングは、患者の自己負担額を自由に設定することができるが、スウェーデン保健医療サービス法により上限が定められている。医療費の自己負担額の上限は、全国一律で年間900クローナ(=9,990円)であり、20歳未満の子どもは無料となっている。また、入院費の自己負担額についても上限が設けられており、1日当たり80クローナ(=888円)とされる。医療費と同様に20歳未満の子どもについては無料とするランスティングが多い。

日本の「高額療養費」の自己負担限度額は、年齢・年収により定められているが、スウェーデンの自己負担額の上限とは比べものにならない。

2003年より、ランスティングにより入院などの治療方針が決められると、患者は国内のどこででも、自分の住むランスティングと同じ条件で医療を受けることができるようになった。すなわち、患者は病院を自由に選ぶことができ、どの病院に入院しても同じサービスを受けることができるのである。また、初期医療においても、患者は公立と私立どちらの診療所を選ぶかを自由に決めることができるようになった。

2005年11月より、全国医療保障制度が開始され、ランスティングは治療を行う決定がなされてから90日以内に治療を始める義務を負い、できない場合には他のランスティングで治療を受けられるようにしなければならなくなった。この制度は2010年に法制化され、2011年現在患者の9割が保障期限内に治療を受けられている。これにより、医療における待ち時間も短縮されつつある

待ち時間は当然問題視され、改善されているようだ。

スウェーデンEUの協調政策にも積極的に取り組み、共通目標である、医療アクセスの改善や高度専門医療面での協力、患者の安全向上、そして患者の地位向上と情報提供改善に力を入れている。

スウェーデンでは現在、医療情報の電子化に精力的に取り組んでいる。新しいICT技術を駆使して効率的な医療情報の管理・交換を行うことにより、医療サービス全体の質を向上させることを目的に、2006 年に国家戦略としてthe National Strategy for eHealth が採択された。

National eHealth では対象を個人(患者)、医療従事者、政策決定者の3 つのグループに分け、それぞれの医療に対するニーズを満たすことを目標としている。すなわち、患者が過去に行われた自身への治療・サービスおよび医療全般に関する信頼性のある情報を容易に入手し、また適切な情報サービスを通じて医療参加・自己決定を行えること(患者の権利強化)、複数の立場の異なる医療従事者が、患者に関するあらゆる医療情報を迅速、安全、かつ容易に共有し、日々の業務や治療の決定に役立てること、そして政策決定者が医療サービスの質と安全性をモニタリングし、適切な情報に基づいた組織運営を行えることを目指す。特に、2010 年における改定では、患者の権利強化と治療選択の自由に対する注目が高まったことを受けて、患者個人のニーズを最優先とし、患者が自身の治療に主体的に参加できることを重視するとした

National eHealthでは、戦略を6 つの分野に分け、各々における優先項目を掲げている。中でも、National eHealthの中核を担うのが、the National Patient Summary(NPÖ)と呼ばれる、患者の電子記録システムである。国から認定を受けた医療従事者は、患者の同意を得た場合に限りこのシステムにアクセスし、患者の医療情報を得ることができる。

「医療サービス全体の質の向上」のために取り組むべき課題は多々あるようだが、後日それらの詳細をみることにしたい。

 

本書に戻る。

それでいてわが国の医療費の規模はスウェーデンより小さい。なぜこんなことが可能かといえば、一つには日本の医療費が「公定価格」になっていること、そしてもう一つは、(誤解を恐れずに敢えて端的に言えば)医師や看護師などの医療従事者の長時間労働に支えられた医療になっているからである。この問題は、あまりにも過度な日本のフリーアクセスも見直しの問題を含め、第3部で詳しく話す。

 

香取は続いて、日本の医療制度の世界ランキングを紹介している(自画自賛?)。

私は、医療システムを「国家」単位でしか考えない思考法に、「どうしようもなさ」を感じてしまう*4。「日本国民」が良ければそれでよく、よその国の人たちがどのような状況にあろうと知ったことではない、などと考えるのは、人間としてありえないことだと思うのだが、どうなんだろうか。

考えなければならないのは、国境なき医療システム(グローバル医療システム)の構築である。

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空爆された国境なき医師団の病院。患者たちがベッドで火に包まれたという。

https://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/cf514a65b89f47684ffb8356371d18bd

*1:正常分娩は保険が適用されないが、その代わりに出産一時金が支給される。

*2:重粒子線治療は先進医療A、陽子線治療は先進医療Bに分類されている。

*3:高額な先進医療Aに関しては、「金持ち優遇」と言えるかもしれない。

*4:医療に限ったことではないが…。