浮動点から世界を見つめる

井蛙には以って海を語るべからず、夏虫には以て冰を語るべからず、曲士には以て道を語るべからず

生殖医療技術を概観する

立岩真也『私的所有論』(29)

今回は、第4章 他者 第5節 生殖技術について である。

私の関心は、倫理・社会問題としての生殖技術(生命操作、遺伝子操作)であるが、それを議論する前に、生殖技術に関する基礎知識が必要である。

  • これまでの生殖技術に関する生命倫理の議論は、生殖への人為的介入への危惧、家族関係の複雑化に対する懸念、情報開示やインフオームド・コンセントの必要性、生殖細胞や組織の商品化への批判など、対象となる技術は異なっても類似した内容が繰り返されている。
  • 生殖技術は、(1)人工妊娠中絶と避妊に関する技術、(2)不妊治療や分娩などの妊娠・出産を援助する技術、(3)胎児または受精卵・胚の状態を調べる技術(出生前検査と着床前検査)に分類される。(以上、柘植あづみ、「生殖技術に対する生命倫理の課題の再考」、2006/7/31、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jabedit/16/1/16_KJ00005000700/_pdf))

本節は、(2) を議論している。

 

厚労省の「生殖補助医療を巡る現状について」(2018/11/28)によれば、不妊治療は次のように区分される。

Ⅰ 一般的な不妊治療

 ①排卵誘発剤などの薬物療法

 ②卵管疎通障害に対する卵管通気法、卵管形成術

 ③精管機能障害に対する精管形成術

Ⅱ 生殖補助医療

  1. 人工授精…精液を、注入器を用いて直接子宮腔に注入し、妊娠を図る方法。夫側の精液の異常、性交障害等の場合に用いられる。精子提供者の種類によって、(1)配偶者間人工授精(AIH)、(2)非配偶者間人工授精(AID)に分類される。
  2. 体外受精…体外での受精には、IVF体外受精)、ICSI(顕微授精。卵細胞質内精子注入法)といった方法がある。
  3. 代理懐胎…(1)サロゲートマザー(代理母):第三者の女性に夫の精子を用いて人工授精し、妊娠を成立させて子どもをもうける方法。(2)ホストマザー(借り腹):自分の子宮による妊娠が不可能な妻の卵子とその夫の精子体外受精させ、その受精卵を代理懐胎者の子宮に移植し出産させる方法。

 

代理懐胎は認められていない。厚労省の上記資料によれば、日本学術会議の「生殖補助医療の在り方検討委員会報告書」(2008/4/8)は、「医療の範疇のみにとどまらない、倫理的・法的・社会的に重大な問題である代理懐胎問題の政策決定までも、行政に委ねることは適当ではない。代理懐胎を規制するなら、国民の代表機関である国会が作る法律によるべきであると考えられる」と述べている。本書は、代理母の問題をとりあげている。

 

日本生殖医学会の「不妊症Q&A」から一部メモしておく。(詳細はホームページ参照、代理懐胎はとりあげていない)

  • 不妊症の人はどれ位いるか?…「子どもを持ちたい」と思いつつ、なかなか妊娠しないカップルは、10組に1組とも、5組に1組とも言われています。たとえば、世界中の過去の調査を2007年にまとめた報告では、不妊症の比率は、調査された時代や国により3%から26.4%に分布し、全体では約9%と推定しています。
  • 不妊症の原因(原因不明不妊不妊症の1/3をしめる)…女性:排卵因子(排卵障害)、卵管因子(閉塞、狭窄、癒着)、子宮因子(子宮筋腫、子宮内膜ポリープ、先天奇形)、頸管因子(子宮頸管炎、子宮頸管からの粘液分泌異常など)、免疫因子(抗精子抗体など)など。男性:射精がうまくいかない場合(性機能障害)と、射精される精液の中の精子の数や運動率が悪くなっている場合(精液性状低下)にわけられ、後者は軽度・中等度のものと、高度および無精子症にわけられます。
  • 不妊症の治療方法排卵と受精を補助する方法には、タイミング法、排卵誘発法、人工授精、そして体外受精などの生殖補助医療があり、順番にステップアップして行われることが多いです。腹腔鏡検査は、タイミング法、排卵誘発法、人工授精などの一般不妊治療で妊娠されなかった方に対して行われます。
  • タイミング法排卵日の2日前から排卵日までに性交渉があると妊娠しやすいと言われているため、排卵日を診断して性交のタイミングを合わせる治療です。
  • 排卵誘発法…内服薬や注射で卵巣を刺激して排卵をおこさせる方法です。
  • 人工授精(AIH、Artificial Insemination with Husband's semen)…用手的に採取した精液から運動している成熟精子だけを洗浄・回収して、上記の妊娠しやすい期間に細いチューブで子宮内にこれを注入して妊娠を試みる方法です。
  • 生殖補助医療(ART、Assisted Reproductive Technology)…体外受精と顕微授精がありますが、いずれも経腟的に卵巣から卵子を取り出して(採卵)、体外で精子と受精させ、数日後に受精卵を子宮内に返します(胚移植)。
  • 体外受精胚移植IVF-ET):採卵により未受精卵を体外に取り出し、精子と共存させる(媒精)ことにより得られた受精卵を、数日培養後、子宮に移植する(胚移植)治療法です。
  • 顕微授精(卵細胞質内精子注入法、ICSI)体外受精では受精が起こらない男性不妊の治療のため、卵子の中に細い針を用いて、精子を1匹だけ人工的に入れる治療法です。
  • 凍結胚・融解移植体外受精を行った時に、得られた胚を凍らせてとっておき、その胚をとかして移植することにより、身体に負担のかかる採卵を避けながら、効率的に妊娠の機会を増やすことができます。移植する胚の数を1つにしておけば、多胎妊娠となるリスクを減らすことができます。
  • 女性の妊娠・分娩に最適な年齢…女性が妊娠・分娩を考えるとき、自分自身の就学状況、婚姻(またはパートナー)の状況、就労状況など、多くの家庭や社会の周囲の要因を考慮して、個別に計画を立てていくことが重要です。しかし、健康な子どもを自然に授かるということだけに目を向けて、純粋に生物学的にみると、妊娠・分娩に最適な年齢は20歳代、おそくとも35歳までと考えられます。
  • 女性の加齢…女性は年齢が増加すると妊孕性(妊娠する力=卵子の質)が低下します。女性は年齢が増加すると婦人科疾患の罹患率が増加します。女性は年齢が増加すると生殖補助医療による妊娠率・生産率が低下します。女性は年齢が増加すると赤ちゃんの死亡率が上昇します。
  • 男性の加齢…成人男性の精巣では、生涯を通じて精子がつくられますが、加齢とともに少しずつその機能が低下します。精巣の大きさも少しずつ小さくなり、男性ホルモンをつくる力も緩やかに低下します。

「妊娠・出産適齢期」と「女性及び男性の加齢の影響」は、生物学的に重要な問題であり、単に「個人の自由」で済ませられないのではないかと思われる。

 

体外受精胚移植IVF-ET)

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https://www.yaegaki-lc.jp/infertility_treatment/23

 

不妊治療の現状

  • 不妊の検査/治療を受けたことがある夫婦は、全体で2%子どものいない夫婦では28.2%である。(国立社会保障・人口問題研究所「2015 年社会保障・人口問題基本調査」)
  • 生殖補助医療(体外受精、顕微授精、凍結胚(卵)を用いた治療)による出生児数は、全出生児の54%(2016年)である。(厚労省の「生殖補助医療を巡る現状について」(2018/11/28))

およそ20人に1人が生殖補助医療を受けて産まれた子どもである(「一般的な不妊治療」によるものは対象外)。晩婚化に伴い、この数字は毎年上昇している。これをどう考えるか。

 

生殖補助医療(ART)の成功率とリスク

年齢 妊娠率/総治療 生産率/総治療 流産率/総妊娠
25 27.0% 19.9% 21.6%
30 27.9% 21.9% 16.7%
35 25.2% 18.9% 20.3%
40 15.2% 9.3% 33.6%
45 3.1% 1.0% 62.6%
合計 17.7% 12.3% 25.8%

https://plaza.umin.ac.jp/~jsog-art/2017data_20191015.pdf の数表より、5歳区切りでピックアップしたもの。(生産率:子どもが生きて産まれる率)

この程度の成功率である。35歳を過ぎると、明らかに低下する。首尾よく産まれたとしても、子どもが健康に育つかどうかわからない。

また、治療には身体的・精神的・経済的な負担が伴う。ホルモン刺激療法等の影響で体調不良等が生じることもあり、腹痛、頭痛、めまい、吐き気等の他、仕事や治療に関するストレスを感じることがある、という。