香取照幸『教養としての社会保障』(16)
今回は、第4章 変調する社会・経済 第4節 長期不況・デフレのインパクト-格差社会の出現 の続きである。
香取は、以下のようなこと述べている。
- 90年代後半、物価上昇率がマイナス(デフレ)に転じてからは、賃金はそれ以上に下落した。
- 給与所得者の二極化が起こった。背景にあるのは、従業員の非正規化の進行である。
- 中間層が薄くなり、貧困層が増加している。しかも、ワ-キングプア(働く貧困層)が少なくない。
- 若い世代の世代内格差も深刻になっている。
- 正社員は年齢が上がるにしたがって賃金が上がるが(かってほどではないが)、非正規の人は、歳をとっても賃金が上がらない。若い世代ほど非正規雇用が多い。
- 賃金の二極分解は、中間層の減少・崩壊を招く。
- 相対的貧困率が上昇している。それが意味するのは、賃金の二極化が進んでいるということである。
- 子どもを持つひとり親世帯の貧困率が深刻である。
- 現行の社会保障制度は高齢者に厚く、現役世代に薄い制度になっている。
- ひとり親世帯でも、社会保障制度全体の構造では「現役世代-支え手」側になってしまう。
- 日本の再分配前の相対的貧困率は決して高くないが、所得再分配後に相対的貧困率が上がる。
今回は「相対的貧困率」について見てみよう。
以前から気になっていたのだが、「相対的貧困率」なる指標を正確に理解しよう。以下は、厚労省の国民生活基礎調査に関するQ&A「よくあるご質問(貧困率)」による。
- 相対的貧困率とは、一定基準(貧困線)を下回る等価可処分所得しか得ていない者の割合をいう。
- 貧困線とは、等価可処分所得の中央値の半分の額をいう。
- 等価可処分所得とは、世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得をいう。
- 可処分所得とは、収入から税金・社会保険料等を除いたいわゆる手取り収入をいう。
上から順にさっと読み、下から順に理解していけば良いだろう。
私には、3番目の「世帯人員の平方根で割る」のが何故なのかよくわからなかった。
世帯の可処分所得はその世帯の世帯人員に影響されるので、世帯人員で調整する必要がある。最も簡単なのは「世帯の可処分所得÷世帯人員」 とすることであるが、生活水準を考えた場合、世帯人員が少ない方が生活コ ストが割高になることを考慮する必要がある。このため、世帯人員の違いを調整するにあたって「世帯人員の平方根」を用いている。(光熱水費等の世帯人員共通の生活コストは、世帯人員が多くなるにつれて割安になる傾向がある)
光熱水費等の世帯人員共通の生活コストをどう調整するか? 例があげられている。年収800万円の4人世帯と、年収200万円の1人世帯では、どちらも1人当たりの年収は200万円となる。4の平方根=2で割ると、年収800万円の4人世帯は、一人当たり400万円となる。これが、この4人世帯の「等価可処分所得」である。平方根が「正しい」ということではない。何も調整しないよりはマシというほどのものであると考えておけばよい(?)。
夫婦共稼ぎ(子ども1人)で、合計可処分所得が500万だったとすると、等価可処分所得は、約290万円となる(500÷√3)。
この算出方法が図式化されている。
1.等価可処分所得を算出する。
2.等価可処分所得を、低い順に並べる。(n人)
3.中央値「n/2」を特定する。
4.中央値「n/2」の人の「等価可処分所得」を求める。(所得中央値)
5.貧困線=所得中央値の50%を算出する。
6.貧困線を下回る者の数を特定する。(x人)
以上より、相対的貧困率が求められる。
相対的貧困率=x÷n×100(%)=等価可処分所得の50%(貧困線)を下回る所得しか得ていない者の割合
ここで「相対的貧困率」の推移を見てみよう。
2019年 国民生活基礎調査の概況 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa19/index.html
15%程度で安定的に推移しているように見える。これは、(相対的)貧困者が常に一定数はいるということだろうか。格差が固定しているということだろうか。それとも、これは全体をみているので分からないが、もう少し詳細にみれば、特筆すべき変化が相殺されて見えないだけだろうか。
上記計算式を見れば明らかなように、所得中央値の半分に「線引き」し、それ以下を「貧困」と名付けているに過ぎない。これは私たちが通常イメージする貧困とは、全く関係がない。この計算式では、各人の所得に差異がある限り、必ず「貧困」が存在することになる。だから、「絶対的貧困」ではなく、「相対的貧困」と言っていると反論するかもしれないが、それでは何のためにこういう計算をするのかを考えてみるべきである。
この計算の考え方によれば、所得中央値の75%を「富裕線」と名付けることができ、「相対的富裕率」を求めることができよう。(2018年の富裕線:380)
統計データより、グラフを作成すると、以下のようなイメージである。
数表は省略するが、「相対的富裕率」は、およそ24%になる。
重要なことは、このような貧困率や富裕率を求めることではない。
もう一度、計算式を思い起こそう。元データは、「世帯合計の可処分所得」と「世帯人数」だけである。
この単純なデータだけで、「貧困」を論ずることなどできない。
上のグラフを見ても、所得の分布がわかるに過ぎない。これをどう解釈するのかが問題であり、そのためにはもっと詳細なデータを必要とする。
国民生活基礎調査にはいろいろなデータがある。私は詳細を検討していないので、まだ何とも言えない。