浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

無産国家、租税国家

 神野直彦『財政学』(21)

今回から第4編 租税にはいる。内容(各章タイトル)は、「租税原則」、「租税の分類と体系」、「人税の仕組みと実態」、「生産物市場税の仕組みと実態」、「要素市場税の仕組みと実態」、「オプションとしての公債と公債原則」である。

税金と言えば、消費税、所得税、住民税、法人税、固定資産税、自動車税などの解説かと思うかもしれないが、上記の章タイトルをみれば、租税の「そもそも論」が展開されていると想像される。

まず、第11章は「租税原則」である。租税について語るためには、ここをしっかりと理解しておくべきだろう。

 

三つの経済主体の活動

  • 市場社会には企業家計、それに政府という三つの経済主体が存在する。それぞれの経済主体は、全く相違する目的のために活動をしている。
  • 企業は、財・サービスを生産し、生産物市場に供給する(生産活動)。企業の活動目的は、生産物市場に商品を販売して得られる収入から、土地、労働、資本、原材料などの費用を差し引いた利潤(≒利益)の最大化にある。

ここで言う企業とは「営利企業」のことである。「利潤」という言葉に違和感を覚える向きもあるかもしれないが、企業の決算書に示される「当期純利益」のことであると理解しておく。

企業の目的は、「利潤最大化」ではなく、「社会的貢献」とか、「目標利益を達成すること」であるという議論がある。この議論に立ち入ることはしないが、決算書(損益計算書)の「純利益」という項目が最重要視されていることを忘れるべきではない。

  • 家計という経済主体は、財・サービスを生産物市場から購入(消費)して生活活動を営む。家計では、生産物市場から購入した生産物[食材]を、無償労働によって加工して、家計の構成員に無償で財・サービスを供給する[ex.料理]。家計の目的は、無償で財・サービスを供給して、生活活動を実施することである。購入に必要な貨幣は、要素市場で要素サービスを販売[労働]して調達する。
  • 家計と同様に政府も、財政を通じて財・サービスを無償で供給する。政府の目的は、人間の社会を統合するという統治活動にある。

企業、家計、政府の目的に関する説明に些かの疑問はあるが、租税の議論からはずれそうなので、詮索しないでおこう。

 

市場社会と租税国家

  • 市場社会における政府は、土地、労働、資本という生産要素を所有しない「無産国家」となっている。
  • 政府は「労働」を所有しないので、要素市場から、労働の生み出す財・サービスを調達せざるを得ない。しかし、要素市場から要素サービスを調達するためには、貨幣が必要である。そこで市場社会の政府は、要素サービスや生産物を購入するのに必要な貨幣を強制的に無償で調達する。
  • このように政府が財・サービスを無償で供給するために、強制的に無償で調達する貨幣を租税という。
  • 市場社会の政治システムでは、非統治者が統治者となっている。そのため、政府が貨幣を強制的に調達するといっても、社会の構成員である非統治者の合意が必要となる。しかし、ひとたび社会の構成員の合意が得られれば、無償で強制的に貨幣が調達されることになる。…市場社会における政府とは、「無産国家」であり、「租税国家」なのである。

「無産国家」の理解には、「家産国家」を併せて理解する必要があるが、これは次項(政府収入の多様化)で説明される。なお、ここでの「政府」とは、内閣(&行政機構)ではなく、立法、司法、行政など一国の統治機構全体をいうもののようだ。

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https://alphahistory.com/frenchrevolution/taxation/

 

本書の後で出てくるかもしれないが、「租税国家」の別の説明を参照しておこう。

封建制末期から資本主義初期へかけて、国家収入は封建的土地所有・特権に基づく収入、あるいは国王・領主の財産運用による収入に依存していた。こうした国家と個人、公と私の未分離な状態(これを有産国家という人もいる)に対して、これを分離し、私有財産制度のもとで生産された商品=貨幣から国家権力により徴収された租税をもって国家運営を図るのが租税国家であり、そこでは官業等の財産運営は否定される(無産国家)。

第一次世界大戦以降、ゴルトシャイトとシュンペーターとの論争のなかで租税国家論と財政社会学は深められたが、帝国主義段階においては公債収入・官業収入に依存する度合いが高まらざるをえず、負債者国家ないし公債国家に転化するであろうという財政社会学の洞察は的を射ていたといえよう。(一杉哲也、日本大百科全書

 

帝国主義」はともかく、日本の公債発行が膨大になっていることをどう考えるか? 公債については、第16章で説明がある。

 

以上、「市場社会における租税とは、無産国家が財・サービスを無償で供給するために、強制的に無償で調達する貨幣である」というのが神野の説明である。

ポイントは、無産国家であり、租税国家であるということ、「国家」をいかなるものと考えるかにあるようだ。