香取照幸『教養としての社会保障』(19)
今回は、第5章 社会保障はGDPの5分の1を占める巨大市場 第2節 経済を支える社会保障 の続きと第3節貯蓄から消費へ である。
経済を支える社会保障
香取は、2002年から2011年までの「主な産業別就業者数の推移」を見て、医療・福祉と情報通信業の雇用が増えていると述べている。また、20世紀の終わり頃から、経済の波及効果を見ても、医療・介護は、その消費が従事者の所得を通じて、新たな消費を生む効果も併せ考えると、公共事業を上回る経済波及効果を持つ産業分野になったという。
香取が載せているグラフとは異なるが、労働政策研究・研修機構の「産業別就業者数」のグラフをみてみよう。
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/chart/html/g0004.html
就業者数で見て、「医療、福祉」は、「卸売業、小売業」、「製造業」に次ぐ第3位の産業である。就業者数862万人で、約13%を占める。女性だけで見ると、第1位で651万人。約22%である。(上記URLに女性だけのグラフもある)
「医療、福祉」は大分類(P)であり、中分類は次のようになっている。83:医療業、84:保健衛生、85:社会保険・社会福祉・介護事業となっている。小分類以下は、「日本標準産業分類-分類項目名」を参照。
香取は、更に「年金など現金給付の経済効果」にふれ、地域の所得・消費を下支えし、地域経済の活性化に貢献していると述べている。
以上見てきたとおり、社会保障の財源は税と社会保険料であっても、経済を動かし景気の下支えをしているという観点からは、税金で道路や橋をつくっている公共事業と構図は何ら変わりません。社会保障の理解のためには、「負担」だけを見る従来の思考を改め、経済や産業・雇用に与えている影響にも目を向け、社会保障と経済との関係を多面的に考察することが不可欠です。
社会保障が、財・サービスの需要供給を伴う限り、「経済」の一部であることは当然である。しかし、社会保障の拡大が経済成長に寄与するという側面を強調することは、「あるべき社会保障」を検討する際の論点をずらすことになると考える。
社会保障の理解のためには、「負担」だけを見る従来の思考を改めよと言うが、「負担」だけを見てきたのは誰であろうか。
私は、社会保障の最重要論点は、「共助」「公助」のあり方であると思う。
貯蓄から消費へ
香取は本節の最後で、次のように述べている。
高齢化率25%を超える超高齢社会に突入した日本で、消費の縮小を食い止める重要な方策の一つは、高齢者の資産を貯蓄から消費へと転換することです。それには「安心という期待」に働きかけること、つまりは社会保障が頑張らなければならないのです。
消費の縮小を食い止めるために、社会保障が頑張らなければならない!?
高齢者の資産を貯蓄から消費へと転換しなければならない!?
香取は、総合研究開発機構(NIRA)の試算を紹介している。
貯蓄の理論的な最適水準を、ライフサイクル仮説を前提に計算している。ライフサイクル仮説とは「現在保有している資産と将来得られるだろう所得の総和が生涯の消費量と等しくなるように、毎年の消費量が決まる」という説である。こんなものは計算しようがないだろうと思うが、いろいろな前提をおいて試算している。具体的な数字はともかく、更にはライフサイクル仮説の妥当性はともかく、余剰貯蓄[過剰貯蓄]が発生しているとして、その要因5つがあげられていることに注目したい。
1.2.は、もっともである。とりわけ公的年金、健康保険、介護保険制度は、制度創設当初より問題であり続けている。
3.「増税」に対する懸念を抱いているだろうが、「国の財政」に対して不安を抱いている人はほとんどいないだろう。…「租税」の本質的理解が必要である。
4.レポート作成者の単なる想像だろう。
5.富裕層にとっては、これはかなり重要な要因かもしれない。
NIRAレポートを読んでいないので断定的なことは言えないが、余剰貯蓄[過剰貯蓄]の概念そのものが意味あるものとは思えない。
香取が、社会保障を「経済」と結びつけようとしていることには賛同できない。
「医療、福祉」産業の就業者数が増えたからといって、それが望ましいものであるかどうかはわからない。歪んだ社会のあり方が、「医療、福祉」を必要としているという側面があるとしたら…。