浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

個人所得税、累進税率を考える

神野直彦『財政学』(28)

今回は、たぶん後で出てくるであろう「累進課税」について考えてみよう。といっても、累進課税の意義・根拠の話ではなく、「税率」の話である。消費税率については、皆さん関心が高く誰もが知っているが、所得税の税率については奇妙なことにあまり関心が無いようである。給与所得者なら、通常、会社が源泉徴収・年末調整をしてくれるので、所得の何パーセントが所得税か知らないという人が多いのではなかろうか。

所得税の税率構造

財務省は、所得税の税率構造を、次のように図示している。

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https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/income/b02.htm

この図は横軸が所得、縦軸が税率である。例えば、所得が195万円からは10%、330万円からは20%という具合である。この図を見れば、「高額所得者には、高い税率が適用されるなあ…」と思うかもしれないが、この図は紛らわしい(誤解を招きやすい)図である。

横軸は「課税所得」であり、「収入」とは異なる。(「収入」から、必要経費相当の金額を差し引き、そこから基礎控除や扶養控除等の諸控除を差し引いたものが「課税所得」であるが、これについては後日検討する)。

縦軸は「限界税率」である。「限界」という言葉は、「増分」の意味であると考えておけば良い。例えば、330万円を超えると超えた分(増分)に税率20%が適用されるが、330万円までは(195万円を超えた分(増分)に)税率10%が適用され、195万円までは税率5%である。

課税所得が340万円の場合、195*5%+(330-195)*10%+(340-330)*20%=25.25万円が所得税額である。(340*20%=68万円が所得税額なのではない)。

国税庁は、このような計算をする代わりに、所得税の速算表を公表している。

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https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm

課税所得が340万円の場合、340*20%-42.75=25.25万円が所得税額である。

 

単純累進課税と超過累進課税

累進課税制度における税額計算を正しく理解するためには、計算方式に名前をつけておいたほうが良いかもしれない。

  • 単純累進税率方式課税標準が一定額以上となった時、その全体に対して、より高い税率を適用する。
  • 超過累進税率方式…一定額以上になった場合に、その超過金額に対してのみ、より高い税率を適用する。(Wikipedia)

ここで「超過」というのは、先ほど「限界」(増分)と言ったのと同じ意味である。

課税所得が340万円の場合、超過累進税率方式では25.25万円が所得税額であるが、単純累進税率方式では、68万円が所得税額となる。

 

限界税率と平均税率

課税所得が340万円の場合、超過累進税率方式では25.25万円が所得税額であるが、これは課税所得に対して7.4%となる。これを平均税率と呼ぶ。(複数税率の平均という意味である。「所得税負担率」という言い方もある。)

ここで「課税所得」が100万円から1500万円までの所得税額を算出し、平均税率を計算してみた。

結果を散布図で表すと下図のとおりである。(青丸が、課税所得に対応する平均税率)

横軸が課税所得(100万円)、縦軸が平均税率(%)である。

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Excelで線形近似式を求めると、平均税率y=1.3567x+3.7453となる(青点線)。(青丸を見ていると線形近似で良いと思われる)

現在の所得税の税率構造(階段の金額と税率)がどのような根拠で定められているか知らないが、この簡便な算式で十分ではないかと思われる。この1次式をもっと簡便にして、y=1.4x+3.3を描いたのが、赤実線である。

課税所得が340万円の場合、平均税率y=1.4*3.4+3.3=8.06%となり、税額は3.4*8.06%=274千円となる。

税率の見直しは、y=ax+bのa,bを操作すればよく、xの分布が分っていれば、税額への影響は直ちに計算できる。

いずれにせよ、限界税率が階段状態になっているからといって、平均税率が階段状態になるわけではなく、直線的な累進税率になっていることに留意すべきである。冒頭の「所得税の税率構造」の図をみていただけでは、直線的な累進税率をイメージし難く、紛らわしい(誤解を招きやすい)というのはこの意味においてである。

 

高所得者の平均税率

年間所得が4000万円超の限界税率は45%であるが、例えば5000万円の場合、平均税率はどうなるだろうか。計算してみると、35.4%である。

上図は1500万円までしか描いていないが、例えば1億円まで描いてみれば、線形近似はできない。高所得者については、所得税のみではなく、配当所得等も含めて、「公平性」を総合的に考慮する必要があると考えられ、無理に2次式等を求める必要はないだろう。そこで、ほとんどの人(95%)が含まれるだろう目安として、1500万で区切ってみたものである。