浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

社会を覆っている「不安」

香取照幸『教養としての社会保障』(24)

今回は、第7章 【国家財政の危機】「将来不安」を払拭するために何をすべきか 第2節 社会を覆っている「不安」である。*1

「将来不安」を払拭するために何をすべきか というタイトルであるが、日本社会を覆っている「不安」についての記述がほとんどで、具体的に「何をすべきか」についてはふれられていないようだ。

 

香取は、「社会を覆っている不安」について3つあげている。

1.経済や社会の将来への不安

世界経済が大きく変動する中で、昔のように日本は安定的な経済成長ができなくなっている。働けど働けど給料は上がらない。会社が潰れたり、リストラされたりする。

その不安を増幅しているのが、少子高齢化の進行である。

激変する世界経済の中で、老いて縮小する国が果たして生き残っていけるのか。

2.日常の中の不安

地方で年老いた両親が二人で暮らしている。兄弟の住んでいるところはバラバラで、近くに頼りになる人はいない。息子は大学を出したのに、きちんと就職できずに非正規社員のまま30歳を迎えようとしている。娘はアニメに夢中で結婚の兆しすらない。妻は子供の将来を悲観して鬱。そして自分は数年前にがんの手術を受け、転移や再発に怯えて生活している……。

3.制度や政策に対する不安

制度や政策、言い換えれば政治や行政に対する不信と不安。旧自民党政権民主党政権、そして現在の安倍自民党政権、毎年のように政府は成長戦略をつくっているけれど、生活はちっともよくなっていない、社会保障制度改革っていうけど、負担が増えるばかりじゃないか……。それが大多数の受け止め方だと思われる。

以上の「不安」については、恐らく統計データで示すことができるだろう。データ解釈の相違はあるかもしれないが、現在でも概ね妥当*2だろうと思う。

 

フリーランス・アルバイトの「うつ病」「発達障害」はどう解決する? 正社員と異なる“休職・復職”事情について>

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https://neurorework.jp/rework/media_blog/rework48/

 

(2の補足)日常の中の不安は、どこからくるものなのか?

拠り所の喪失…人口減少。過疎化。都市化。社会構造の変化。家族形態の変化。地域の繋がりの希薄化。個人主義の社会。→人々は心の拠り所を失いつつある安心できる居場所、何かに帰属して心の拠り所が持てていることが大切だが、それが失われつつある。日本では、社会への強い帰属意識は揺らぎ、共同体を支えていた連帯感が失われ、他者への共感が薄れている。

個人主義社会アメリカの社会には、サブ集団を形成するコミュニティが張り巡らされている。出身国のコミュニティや教会などのサブ集団への帰属意識が非常に強い。厳しい競争があっても、心の拠り所は残されている。

かつての「個人主義」がダメで、「帰属意識の強い共同体(コミュニティ)」が望ましいとは一概には言えない。一長一短がある。とはいえ、「共同体を支えていた連帯感が失われ、他者への共感が薄れている」というのは、実感としてある。

目標と役割の喪失…終身雇用の企業に就職して出世をめざす。結婚して夫・父親、妻・母親の役割を果たす。家庭を守る。夢はマイホーム。→自分の目標や役割を自ら選択して決めて生きていく。しかし、誰もが自分のやりたいことができるわけではない。不景気で仕事に就くことさえままならない。

良し悪しではなく、高度成長期には、多くの人がそのような裕福な生活を目標とし、それが可能だと思っていたようだ。しかしバブルがはじけてからは(1990年~)、そのような目標と役割は喪失してしまった。(しかし、人は環境に適応するので、「今」を希望をもって生きている人は多数いる)。

日常の中の不安…失業(リストラ)の不安。就職できない不安(新卒者、失業者)。子育て(祖父母が子育て支援できない環境、地域の絆が無い)。老後の不安。

一言でいうと、「お金を稼ぐ能力」の欠如に起因する「お金がない」ことによって、このような不安が生じる。「お金」があれば、子供の教育に金をかけることができ、一流大学や外国の大学にも留学させることができ、「お金を稼ぐ能力」を身につけさせることができ、一流企業に就職でき、人脈を築いて出世することができ、高級住宅地に家を構えることができ(豪雨や地震対策も万全)、従業員や株主に優しい経営者として名誉を得て、優良な土地・有価証券を保有し、健康(病気になれば治療に)に万全を期すことができ、老後に何の不安もない生活を送ることができる。

 

精神疾患を有する総患者数の推移>*3

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https://rescho.co.jp/recruit/about/context.html

 

(3の補足)制度や政策に対する不安

政治不信…政治や政治家に対する不信。行政や公務員、政府のガバナンスに対する不信。…不安や不信の増幅により社会の連帯感や共同体意識が薄れ、誰もが自分を守り始めると、不公平や不公正に対して過敏になり、他者への寛容が失われる。「若い自分たちばかりが割を食っている」とか、「金持ちだけがうまいことをやっている」といった意識が過剰になり、世代間、社会集団間、個人間の対立に拍車がかかる。本来、そうした不満や対立を様々な形で調整しなければならない政治や行政の仕事が機能していないため、「結局、国や行政は何もしてくれない。自分でやるしかないのね」ということになり、社会がどんどん壊れていく。

メディアが「世代間、社会集団間、個人間の対立」を煽っているような気がしないでもないが、「他者への寛容」の喪失が広がりつつあるように思える。

政治や行政は、このような「不満や対立を様々な形で調整しなければならない」というのはその通りだと思う。だけれども、「不満や対立」の因って来たるところを追究することなく、おざなりの抽象語(曖昧語、和製英語)やその場しのぎの対策でごまかそうとするところに政治や行政に対する不信がある。

なお、「社会がどんどん壊れていく」とは、分断と対立が深まるという意味に理解しておく。

アンビバレントな志向…人々は政治や政府のあり方に対し、アンビバレントな[相反する]志向を持っている。人々の意識に小さな政府への志向(税金を払いたくない、政府は何もしなくていい)と社会保障の充実への要望が共存している。

社会保障は小さな政府ではできない。大きな政府を必要とする。多額の税金を必要とする。すべてを民間に任せれば、うまくいくと本当に考えているのだろうか。格差拡大、弱者切り捨てが帰結ではないのか。小さな政府と大きな政府。様々な議論があるところであり、別途取り上げたい。

 

次回は、第3項「不安の背景にあるもの」である。

*1:第1節は、「目指すべき国家像・社会の姿を考える視点」であるが、これは省略する。「同時代=共時」の視点、「歴史=通時」の視点が挙げられており、特に異論があるわけではない。「官」と「公」に関する香取の見解も述べられているが、ここで詳細を検討する必要は感じなかった。

*2:もちろん、「不安」の感じ方は、客観的・主観的状況の如何による。

*3:

「患者調査」は、統計法に基づく基幹統計である。3年ごとの調査のため、H29年(2017年)が最新データである。R2年(2020年)の調査結果は未だ公表されていない。この内容については別途。

■引用図表は、SVGファイルだった。私は、SVG(Scalable Vector Graphics)ファイルを知らなかったのだが、例えば https://tech-blog.rakus.co.jp/entry/20201112/svg 参照。確かに、拡大してもギザギザにならない。しかし、はてなフォトでは未対応のファイル形式なので、JPEGにした。