浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

「所得」とは何か?

神野直彦『財政学』(31)

今回は、第13章 人税の仕組みと実態 のうち、「所得源泉説」と「包括的所得概念」(p.188~)をとりあげる。

所得税」といえば、多くの人は「給与所得」に対して課される税金を思い浮かべるだろうが、「給与所得」の他にもいろいろな所得に課される税金がある。具体的には、個人事業主の所得、預金利子、株式等の譲渡・配当、アパートの賃貸収入、土地や建物の売却、年金、退職金、相続などである(詳細は別途とりあげる)。

所得税はこのような所得に課される税金だが、では、「所得」とは何だろうか?(「所得」の定義は?)

 

平均貯蓄額と平均年収/内閣府統計局の『家計調査(2019年度)』

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https://www.youtube.com/watch?v=yo65Q_7GeRQ

 

神野は、所得の定義には、(1)所得源泉説と(2)純資産増価説の2つの考え方があるという。

 

所得源泉説

所得源泉説では、所得源泉と結びついた周期的所得[反復的・継続的所得]のみを所得と観念し、一時的所得を所得概念から排除する。つまり、所得源泉説では相続や贈与、富くじ[宝くじ]や賭博、キャピタル・ゲインなどの一時的利得は、「所得」から外されるのである。

周期的所得(反復的・継続的所得)とは、給与や個人事業主の所得などである、一時的所得は、相続やキャピタル・ゲインなどである。キャピタル・ゲインとは、株式や債券などの資産の売却によって得られる利益である。(なお、株式配当や債券利子、預金利息、不動産賃貸料など資産を保有していることによって得られる利益をインカム・ゲインと言う)。

神野はこの所得源泉説を「資本元本を神聖不可侵とする原則を前提とした所得概念」であるという興味深い指摘をしている。(記事末尾の※参照)

 

純資産増価説

純資産増価説では、所得は一定期間中における純資産の増価と定義される。この説では、要素所得だけでなく、相続や贈与、富くじ[宝くじ]などの一時的利得も、資産価値の増価も、さらに帰属所得も、「所得」に含まれることになる。

シャンツ(1853-1931)の純資産課税は、生産要素市場のルートを通さない経済力の増加をも、所得概念に包含しようとしたものと考えられる。それゆえに、市場を通さない資産の移転、現物給付、自家生産、さらに資産を所有することによる帰属所得や価値増加を所得に含めたのである。

アンダーラインを引いた帰属所得等が、なぜ「経済力の増加」なのか、後で考えてみることにしよう。

 

包括的所得概念

資産増価説は経済力増加説とも言われる。ヘイグ(1887-1953)は所得を、2時点間における経済力の純増の貨幣価値と定義した。サイモンズ(1899-1946)は所得を、「①消費の権利行使の市場価値と、②期首と期末間の保有財産価値の変化の代数和」と定義した。

<前期末資産+当期収入―当期支出=当期末資産>であるから、<当期収入=当期支出+当期末資産―前期末資産>である。

ここで「当期収入」を「所得」、「当期支出」を「消費」、「当期末資産―前期末資産」を「資産純増」と言い換えれば、<所得=消費+資産純増>となる。

このように、消費プラス資産純増として定義された所得概念を、包括的所得概念と言い、3人の主唱者に因み、シャンツ=ヘイグ=サイモンズ概念と名付けられている。

包括的所得概念とは、支出ベースで言えば、消費プラス資産純増となるが、収入ベースで言えば、要素所得に加え、帰属所得、移転所得、さらにキャピタル・ゲインが含まれる。

この包括的所得(=当期収入)の内訳は、要素所得、移転所得、帰属所得、キャピタル・ゲインである。

要素所得については、記事末尾の※参照。他の所得については、次回にしよう。

 

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包括的所得を「消費プラス資産純増」と定義すると言われても、恐らくピンと来ないだろう*1。言い換え前の表現に戻せば、<当期収入=当期支出+当期末資産―前期末資産>である。右辺に税金をかけるのではなく、左辺に税金をかけるのである。問題は、当期収入の範囲をどう定めるかである。当期収入に「一時的な収入」を含めるか否かがポイントである。一時的な収入であっても、海外旅行に出かけたり、贅沢な食事をしたり、趣味にカネをかけたり、別荘を持ったりすることができる。これらは「経済力」があるからと、抽象的に表現することができる。であれば、「経済力」のある人に応分の負担をしてもらう、というのは至極真っ当な考え方だろう。そうすると、次の問題は、「応分の負担」はどうあるべきかということになる。

 

金融資産額による富裕層の分類(野村総研

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https://www.youtube.com/watch?v=yo65Q_7GeRQ

 

数字とグラフで見た!日本と世界の富裕層の実態

www.youtube.com

 

※ 所得源泉説の意味

所得源泉説では、基本的には要素市場で決定される要素サービスの報酬を「所得」と考えていることを意味している。つまり、所有権の設定が認められた生産要素を提供することによって受け取る報酬を、所得源泉説では「所得」と認めている。

「要素市場」とか「要素サービス」という言葉が出てきたので復習しておこう。

企業は生産活動を実施するために、土地、労働、資本という生産要素の生み出す要素サービスを必要とする。そうした要素サービスは、要素市場から調達する。

要素市場では土地、労働、資本という生産要素の生み出す要素サービスが取引される。生産要素は家計が所有している。従って、要素市場では家計が所有している生産要素の生み出す要素サービスが、家計から企業に販売される

要素サービスの対価は、地代(賃貸料)、賃金、利子・配当である。このような要素サービスの対価を「所得」と考えるということは、何を意味するか。

所得源泉説からすると、個人所得の集計が国民所得と等しくなる。それは所得源泉説が、国民経済活動の純成果を「所得」と考え、それのみに課税を制限しようとしていることを示唆している。というのも、所得源泉説の含意が、所得を資本から明確に区分し、資本元本の維持という観点から、所得を定義することにあったからだと言ってよい。

仮に、相続・贈与などの資産の移転や、キャピタル・ゲインのような資産の譲渡に課税すれば、資本元本が侵食されかねない。それゆえに、こうした経済活動の純成果ではない利得は、所得とはみなし得ない。つまり、所得源泉説は資本元本を神聖不可侵とする原則を前提とした所得概念ということができよう。

経済活動の純成果とは何か、キャピタル・ゲインとはどういうものかの理解がないと、この文章は難しい。次回にしよう。

*1:「消費」などと言う言葉を使われると、消費税が思い浮かび、所得税と何の関係があるのかと疑問に思う。ましてや「資産純増」に税金をかけるとはどういうこと? となる。だから、このような言い方をしない方がよい。