浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

根拠となるその主張は適切なのか?

野矢茂樹『新版 論理トレーニング』(4)

今回は、第Ⅱ部 論証 第4章 論証の構造と評価 である。

ここで「論証」とは、「なぜ」の問いかけに対して「なぜなら」と答えていく、日常的に為されるそうしたやり取りのことである。(p.56)

論証の構造

論証とは、ある結論に対して何らかの形で根拠が提示されているもののことである。

 根拠→(導出)→結論

論証は根拠と導出を含む全体である適切な根拠から、適切な導出によって、結論が導かれているかどうか

論証の評価を行うときには、そこで為されている導出の適切さを評価しなければならない。そこでひとつの論証に中に何個の導出が含まれているか、為されている導出の数を正しく見て取ることが基本的なこととなる。

例2:①彼女はイスラム教徒だ。②イスラム教徒は、豚肉を食べない。だから、③彼女も豚肉を食べないはずだ。

例3:①テレビがあると家族の会話の時間が少なくなる。それに、②子供が受動的な人間に育ちがちだ。だから、③子供の教育にとってはテレビなんか無いほうがいい。

例2:①だけからでも、②だけからでも、③は導けない。①と②が合わさって一つの根拠となり、結論③を導いている。つまり、「(①+②)→③」という一つの導出があるだけである。

例3:①だけからでも③はある程度導ける。②だけからでも③はある程度導ける。つまり「①→③」と「②→③」という二つの導出が含まれている。

このことは、提示された論証に対して反論するさいに、決定的に重要なこととなる。例2の場合は、①[または②]を否定すれば、それだけで論証全体に対する反論になる。例3の場合には、①に反対したとしても、②が根拠として生きている。

野矢は、論証の構造を「論証図」で説明しているが、私はEXCELの論理関数(AND,OR)で説明したほうが分かりやすいのではないかと思う。

AND関数は、AND(論理式1,論理式2,論理式3…)と表され、すべての引数(論理式)がTRUE(真)のときTRUE(真)を返し、1つでもFALSE(偽)がある場合にはFALSE(偽)を返す。

OR関数は、OR(論理式1,論理式2,論理式3…)と表され、いずれかの引数(論理式)がTRUE(真)のときTRUE(真)を返し、引数がすべてFALSE(偽)の場合には、FALSE(偽)を返す。

例2は、IF(AND(①,②),③,③でない) と表され、例3は、IF(OR(①,②),③,③でない) と表される。

実際には、ANDとORの複合となる論証も多いだろう。

 

論証の評価

論証の結果として導かれた結論が、どのようにして、そしてどの程度までその論証によって正当化されるのかを吟味する、これが論証を評価するということである。論証の評価は、それがどのようなタイプの論証の評価(演算、推測、価値評価)であるかに応じて、それぞれ特有のやり方を持っている。*1

論証の適切さは大きく言って二つの観点から評価される。一つは根拠となる主張の適切さであり、もう一つは導出の適切さである。

根拠となる主張には、(1)意味規定、(2)事実認識、(3)価値評価 に関わるものがある。

「根拠となる主張の適切さ」は、上述のAND/OR条件の①②が適切かどうか(真偽)を検討することになるだろう。

 

(1)意味規定

意味規定に関わる主張にはいくつかのタイプがある。

(a)一般に認められている意味規定を辞書的に確認したもの。(b)主張者独自の意味規定を与えようとするもの。

素人には(a)(b)を判別し難いだろう。専門家集団内で「一般に認められている」からといって、それが妥当であるという保証はない。素人にできることは、(a)(b)の区別を意識することなく、「問う」ことだろう。専門家は素人(非専門家)の問いに「誠実に」答えることができるかどうか。「誠実に」答えることができなければ専門家とは言い難い。

(2)事実認識

事実に関わる主張は、非常に大雑把に分けて、次のように分類することができる。

 (a)個別的主張、(b)一般的主張(b1:一般化ないし法則の主張、b2:存在の主張)

(a)の例:「堕落論」を書いたのは坂口安吾である。

(b1-1)一般化の例:フランス人は海藻を食べない。

(b1-2)法則の例:急に寒いところに出ると一時的に血圧が上がる。

(b2)存在の例:この山のどこかに埋蔵金がある。

一般化ないし法則の主張に反論するには、そこで主張されている一般性に対する反例(海藻を食べるフランス人、あるいは急に寒いところに出たのに血圧の上昇がみられない場合)を示すことが基本的なやり方である。

(b1-1)「すべてのフランス人は海藻を食べない」という主張であれば、反例を一つ挙げればよい。しかし、「ほとんどのフランス人は海藻を食べない」という主張に対しては、「ほとんど」という言葉の定義と統計的検証が必要だろう。

(b1-2)「急に寒いところに出ると、必ず一時的に血圧が上がる」という主張であれば、反例を一つ挙げればよい。しかし、「急に寒いところに出ると、一時的に血圧が上がる可能性が大きい」という張に対しては、「可能性」という言葉の定義と統計的検証が必要である。

https://www.wakasa.jp/articles/entry/bl_013

 

(b2)存在の主張

「この山のどこかに埋蔵金がある」という主張は「存在の主張」であり、実際に埋蔵金が見つかればこの主張は正当化されるが、反論しようとしたならば、山中くまなく探してなお見つからないということを示さなければならない。

このような主張に反論しようとして、山中くまなく探し回ろうとする者はいないだろうが、論理的にはそうしなければ反論にならないと言われたらどうするか。…実際に埋蔵金が見つかっていないのに「この山のどこかに埋蔵金がある」と主張する者に対しては、なぜそう考えるのかという「問い」を発することが必要である。

こうした事実に関わる主張の正しさを調べるには、実際に事実調査をしてみなければならない。…とりあえずの処置として、疑わしい主張に対してはその情報源を尋ねておくことが有効とある。それは目撃によるのか、伝聞によるのか。伝聞による場合にはその情報源をさらに明確にし、かつそれに権威が認められるかどうかを確認するのである。

「事実調査」あるいは「実験」に関してはいろいろな問題がある。事実調査あるいは実験が可能かどうか(時間やコスト等)。可能だとしても、その方法に関して合意を得られるか。結果をどう解釈するか。

また、「情報源」に「権威」が認められるからといって、その主張が正当化されるわけではない。

 

(3)価値評価 に関しては、次回に回そう。

*1:野矢は「そうした個々の検討は後に回し、ここでは論証の評価一般に通じる問題を取り上げる」としている。