芝垣亮介・奥田太郎編『失われたドーナツの穴を求めて』(4)
今回は、第7穴 私たちは何を「ドーナツの穴」と呼ぶのか の続き(p169~)である。
芝垣は、「穴と呼ぶ空間」と「穴と呼ばない空間」を、下記a.b.のように例示していた(p.156)。
a.穴と呼ぶもの・穴を用いた表現
- 5円玉の穴、落とし穴、ズボンの穴(ひざ等)、ピアスの穴
- 洞穴、れんこんの穴、大穴[競馬等の]、穴場、抜け穴、風穴
- 人員・帳簿に穴があく、理論の穴
- 耳の穴、鼻の穴、お尻の穴、毛穴
b.穴と呼ばないもの
- コップ・瓶の中の空間、ズボン・スカートの空洞部分(足を通す部分)
- 家・教室の中、ボールの中の空間、口の中
- 浮き輪、フラフープ、指輪、腕輪、首輪、輪ゴム、ちくわ(←輪型)
この穴の説明(定義)についての詳細は、ドーナツの穴 - 言語学からのアプローチ(2)(2023/2/18)参照。
穴(hole)と輪(ring)
芝垣はここでb3の「輪型」に注目し、ドーナツの穴は「穴型」か「輪型」か、と問うている。
A 穴:道にできた穴、5円玉の穴、理論の穴、ズボンの穴(ひざ等)、浮き輪の穴
B 輪:指輪、浮き輪、フラフープ、腕輪、首輪、輪ゴム、ちくわ
このA(穴と呼ぶもの)とB(穴と呼ばないもののうち、輪型のもの)の違いは何か?
A 穴:外力であけた空間。本来的にそこにはないと人が捉えている空間。その空間を利用しない。
B 輪:外力であけていない空間。空間ができるように全体を形作る。本来的にそこにあると人が捉えている空間。その空間を利用する。
このB輪の説明は、輪型だけではなく、穴と呼ばないものの説明である、
Aには「浮き輪の穴」があり、Bには「浮き輪」がある。通常、「浮き輪の穴」とは「輪」の部分の小さな穴を言う(Aの「浮き輪の穴」)。浮き輪の中央の空間の部分は穴と呼ばない(Bの「浮き輪」)。
「ズボンの穴」も同様で、膝などズボンの生地に穴があることを言う(Aの「ズボンの穴(ひざ等)」)。足を通す空間部分は穴と呼ばない。ズボンは輪ではないので、B輪には載っていない。
このような表現を一般化して「Xの穴」表現と呼んだとき、その「穴」の所在位置が焦点となる。穴型の場合、「Xの穴」と言った場合、その「穴」は一様に中央の空間を指す。一方、輪型の場合、「Xの穴」と言った場合、その「穴」は「Xの部分」、つまり中央の空間を形成するために存在している周囲の輪の部分に穴ができている状況を指す。
では「ドーナツの穴」と言ったとき、「中央の空間」を指すのか、それとも「周囲の輪の部分の穴(空間)」を指すのか。穴型なのか輪型なのか。
https://www.cotta.jp/special/article/?p=60557
ドーナツの穴(hole)? ドーナツの輪(ring)?
「ドーナツの穴」と言うとき、多くの人は中央の空間部分を想定し、食べる部分(輪の部分)に小さな穴があいているとは想定しない、と芝垣は述べている。
このことからも、人の認識の中で、ドーナツは穴型であり輪型ではないことがわかる。
本節の結論だが、リング・ドーナツ(Ring Doughnut)は輪型ではなく、穴型である。つまり、リング・ドーナツとして販売されているドーナツは、実はリング(輪)ではない。よってその名称もホール・ドーナツ(Hole Doughnut)に変更されること強く望むものである。
芝垣は、先にドーナツの中心部の空間は、製法の観点から、穴であると言っていたが*1、ここではドーナツは「輪」との対比で、認識の観点から「穴」と言っている。
*1:ドーナツの由緒正しい製法は、生地を円盤状にし、中央をくり抜いて穴をあけ、それから油であげるというものである。…ドーナツの中心部の空間は「外力で後からあけた空間(=穴)」である。(p.162)