浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

「3歳児神話」と経済成長

香取照幸『教養としての社会保障』(31)

今回は、第9章【改革の方向性】「安心」を取り戻すために、どう改革を進めるべきか 第2節 持続可能な社会をつくる である。

香取は、次のようなことを述べている。

  • 経済成長を遂げて日本社会と社会保障を維持するためには、できるだけ働き手=労働人口を増やすことと一人ひとりの生産性を上げる以外に方法はない。
  • 女性や高齢者などの就労を促し、それまで働いていなかった人に労働に参加し、持てる能力を発揮してもらうこと。特に大事なのが女性の社会参加である。女性の就労率と出生率の上昇は不可欠である。
  • 社会の活力の源泉は、個人の自立と自由な選択に基づく自己実現である。そこが原点である。働くこと、結婚すること、子供を持つこと、それらはみな人生の基本的な選択である。
  • 実現すべきは、望む人ならだれもが、働きながら家族を持ち、家庭を築き、子どもを産み育てることができる社会である。その実現のためには、家族が持つ子育て機能を社会的に支援し、働くこと=自己実現・経済的自立と、家庭生活の持続的両立が可能な就労環境と社会環境の保障が不可欠である。そういう社会が実現できてこそ、人口減少社会における社会経済の持続可能性を確保することができる。

本節の小見出しに、「女性が働きながら家庭を築き、子供を産み育てられる社会」とある。本節の端的な要約だろう。

私は、従来スタイルで、本節の引用とコメントを書いたのだが、読みかえしてみて「生産的ではない」と思われたので、すべてボツにした。なお、一言すれば、字面だけで、香取の考えていることの是非は判断できない。

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3歳児神話

香取は余談で、「3歳児までは母親が自分で面倒を見るべきだと言う「3歳児神話」があるが、どうもそれは根拠が無いようである。…子育ては誰かの助けがあって初めてうまくいく。それくらいの感覚でいい。誰かの助けを借りること、保育所*1に子どもを預けることを躊躇する理由はない」と述べている。(p.264)

私はこの「3歳児神話」という言葉に引っかかったので、ネットで調べてみた。次の記事がおすすめである。

3歳児神話 その歴史的背景と脳科学的意味(榊原洋一、東京大学医学部小児科)

3歳児神話を検証する2~育児の現場から~(大日向雅美、恵泉女学園大学教授)

「3歳児神話は神話にすぎない」は本当か?(長田安司、社会福祉法人同志舎 共励こども園理事長)

榊原は、3歳児神話を、(1) 3歳までは母親が子育てすべきである。(2) 3歳までの脳発達は極めて重要であって、その間に正しい刺激を与えなければ、健常な発達が臨めない。の2つに区分して論じている。

大日向は、「母子関係を生物学的な側面に偏って捉えてはならい」、「3歳児神話[3歳までは母親が子育てすべきである]は近代以降の社会的な要請によって作られたイデオロギーである」、「3歳児神話の真偽を議論するということは、ひとの人生を変える可能性がある」、「科学に幻想を持ちすぎてはいけない」と述べている。

長田は、「<三歳児神話に科学的根拠は見つからない>と同時に、<三歳児神話は神話にすぎない>と言い切る科学的根拠も見つからない」、「親子関係をバラバラにする施策では、子どもの心の中に大きな穴が空いてしまう」、「保育園は養護施設*2化してきている」と述べている。

 

現時点では、3歳児神話を、脳科学の観点からも、母子関係の観点からも、科学的根拠をもって、肯定も否定もできないというのが正当な評価であるように思われる。(私は「3歳児神話」は神話ではないという見解に傾いているが…)。

そのような「真偽不明な(よくわからない)事柄」に、どうすればよいのかが問題である。リスク管理の観点からは、「3歳までの脳発達は極めて重要であり、父親の協力の下、(母乳を与えられる)母親が子育てを主導すべきである」とするのが妥当であるように思われる(これは決して過剰な対応ではないだろう)。であれば、女性の育児期間後の適切な就業をいかに確保するかが次の問題である。

「3歳児神話」がまさに「神話」であることが科学的に証明されたとして、「0歳児を保育所に預け、母親は働きに出よ(労働人口を増やす→経済成長)」と言うのは、妥当ではない。

*1:保育所(園)は厚生労働省所管の児童福祉施設0才~小学校就学前の保護者の事情で保育に欠ける乳幼児を対象とする。幼稚園は文部科学省所管の学校教育施設。3才~小学校就学前の幼児を対象とする。(https://www.city.dazaifu.lg.jp/soshiki/16/1670.html

*2:養護施設…かつては孤児院などともいった。現在では、乳児を除いて、保護者のない児童、虐待されている児童、その他環境上養護を必要とする児童を入所させて、家庭環境に代わる生活の場所を保障することを目的とする。(百科事典マイペディア)

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