浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

心の場所探し 前頭連合野?

長谷川寿一他『はじめて出会う心理学(改訂版)』(30) 

今回は、第15章 脳と心 の続きである。今回は、心の場所は、前頭連合野か?という話である。

前頭連合野はどこにあるのか。その前に、大脳皮質の解説を見ておこう。

大脳半球の表面を縁どっている神経細胞の集団。大脳皮質には 100億以上の神経細胞がいくつかの層を成して配列している。また,大脳皮質の内側の髄質は,皮質の神経細胞から延びた軸索突起の集団からできている。大脳皮質は,旧皮質,古皮質,新皮質から成る。旧皮質と古皮質 (大脳辺縁系の主な構成要素である) は,食・飲・性などの本能行動や,恐れ・怒りなどの情動行動を支配している。新皮質は学習・感情・意志などの高等な精神作用を営んでいる。(ブリタニカ国際大百科事典)

旧皮質:系統発生的に最も古く、魚類からみられる。古皮質:旧皮質に次いで発生し、両生類以上にみられる。新皮質:最も新しく分化したもので、爬虫類以上にみられる*1。(大辞林

大脳新皮質とは、大脳の部位のうち、表面を占める皮質構造のうち進化的に新しい部分である。合理的で分析的な思考や、言語機能をつかさどる。いわゆる下等生物では小さく、高等生物は大きい傾向がある。人類では、中脳、間脳などを覆うほどの大きさを占めている。 厚さおよそ2mmの皮質状組織で、灰白色を呈し、6層構造をもつ。(wikipedia)

 

新皮質-連合野

新皮質系は、外部環境からの感覚情報を受け取り、それを分析・総合して、その意味を認識し、さらに外界にどう対処すべきかという、適応行動の計画を立案して、それを遂行する機能を担っている。

新皮質は、魚類には全く見られず、両生類で痕跡的に見られるようになり爬虫類になって小さいながらも明確に確認できるようになった。そして動物が高等になるほど新皮質は拡大する。

知性を備えた人*2の新皮質系の話であれば、こういう言い方もできようが、そうでなければ、「分析・総合して」とか、「その意味を認識し」とか、「計画を立案して」とかと言っても、本当にそんなことはできるのか(できているのか)の疑問が生じる。新皮質系を備えた爬虫類以上の生物一般に、上の記述はあてはまるのか。あてはまると言うのであれば、どういう意味なのかもっと正確な説明が必要だろう。

哺乳類の新皮質は,発生的な区分では外套(がいとう)と呼ばれる構造の一部ですが,鳥類でそれまで基底核と考えられていた領域にも,外套に相当する領域が多く含まれていたのです。このような知見の積み重ねをもとに,2004年に鳥類の大脳領域の名称が改定され,それまで線条体の名がついていた多くの領域が外套と呼ばれるようになりました(図2)。鳥類の名称改定は象徴的ですが,鳥類だけでなく,魚類や両生類,爬虫類の大脳にも外套に相当する領域があることがわかっています。外套という構造自体は脊椎動物に共通していて,哺乳類が新しく獲得した構造というわけではないのです。(篠塚一貴、清水透、https://psych.or.jp › wp-content › uploads › 2017/10)

魚類の外套の機能が、哺乳類の新皮質とどの程度機能的に同じなのかを述べる必要があるだろう。魚類は、分析・総合、意味認識、適応行動の計画立案をしているのか。哺乳類(ヒト)は、分析・総合、意味認識、適応行動の計画立案をしているのか。

 

◆心の働きを支える「連合野

大脳半球は、前頭葉頭頂葉、側頭葉、後頭葉の4領域に区分される。

下図に4つの領域が表示されている。前頭連合野(=前頭前野)は、前頭葉にある。

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http://www.highschooltimes.jp/news/cat15/000217.html

 

大脳感覚野は、「大脳皮質に存在し,感覚に関与している部分」であるが、以下のようなものである。

皮膚感覚深部感覚などの体性感覚野は大脳の中心後回に,聴覚野は側頭葉に,視覚野後頭葉に,そして嗅覚野はその付近に,味覚野は体性感覚野と嗅覚野の中間にある。これらを1次感覚野という。それぞれの1次感覚野に隣接して2次感覚野が存在し,1次感覚野で受容された感覚を分析,結合し1次感覚野よりもやや複雑な結合された感覚として認識する。

体性感覚とは、「触覚,圧覚,温覚,冷覚,痛覚などの皮膚感覚と,手足の運動や位置を伝える深部感覚の総称。この2つの感覚は,感覚伝導路や大脳皮質における感覚野が近く,一体となって働くことが多いのでまとめてこう呼ぶ。」(ブリタニカ国際大百科事典)

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https://kotobank.jp/word/%E6%84%9F%E8%A6%9A%E9%87%8E-48509

 

大脳皮質の感覚野と運動野が確認できたら、いよいよ連合野である。

大脳新皮質は、機能面から3つの領域に区分される。(1)感覚情報に最初の処理を行う感覚野、(2)運動の指令を出す運動野、(3)感覚野と運動野以外の領域であり、人間では新皮質の大部分を占めている連合野である。

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http://gc.sfc.keio.ac.jp/class/2004_14453/slides/12/14.html

 

本書は、連合野を2つに区分している。

中心溝より前にある連合野を前連合野(=前頭前野)、後の連合野を後連合野[頭頂連合野、側頭連合野、後頭連合野]と呼ぶ。後連合野は、感覚野から受け取った情報にさらに分析・統合を加えて、知覚や認識を成立させ、前頭前野[前頭連合野は、その結果に基づいて適応行動を実現するための計画を立案し、運動前野・運動野にその遂行を指令する働きを担っている。

 

連合野の機能区分

感覚野へ入力した刺激情報の分析と統合には感覚モダリティ(視覚、聴覚、触覚など、いわゆる五感のうちのどれか)ごとに異なる領域が働いている。視覚連合野後頭葉に、聴覚連合野は側頭葉の上部に、そして体性感覚連合野頭頂葉の上部にというように、各感覚モダリティの連合野は、それぞれの感覚野に接して存在している

感覚モダリティ(感覚様相)と言う時、五感のほか「体性感覚」も含まれるようだ。各感覚モダリティの連合野とは、視覚連合野、聴覚連合野、体性感覚連合野などを言う。

前頭前野前頭連合野]は、連合野から様々な感覚モダリティの認知情報を受け取って、それに大脳辺縁系からの情動情報を加えて適応行動の計画を立案し、さらにそれを実行するための指令を運動前野に出力する、いわゆる遂行機能を担当している。

Wikipediaは、「頭頂葉は、異なる感覚モダリティから感覚情報の統合を行っており、特に空間感覚と指示の決定を担っている。例えば、頭頂葉は体性感覚野と視覚系の背側皮質視覚路を構成している。これにより頭頂葉において、視覚によって知覚した対象の位置を身体座標における位置に変換することが出来る」(Wikipedia頭頂葉)と述べており、頭頂連合野と前頭連合野の役割分担が明確ではない。上図では、「連合野はお互いに結合を持っている」と述べている。

認知情報と情動情報の統合」がポイントのように思われる。

本書はまた次のようにも述べている。

特定の感覚モダリティに限定されていない連合野として前頭前野の他に、頭頂葉下部の超感覚モダリティ連合野(または感覚-感覚連合野)がある。

超感覚モダリティ連合野は、異なる感覚モダリティの情報間の変換あるいは統合に関わっており、重要な心的機能を担っている。

 「超感覚モダリティ連合野」、「感覚-感覚連合野」は、検索してもヒットしない。

 

前頭前野に関係する心の働き

本書は、前頭前野[前頭連合野]に関係する心の働きを3つあげている。

1.自己モニタリング(自己意識)

自己モニタリングとは、自分自身の行動や心の働きに気づき、それを監視することである。この機能は、外界の対象についての表象だけでなく、自分自身についての表象を持つことによって成立する。私たちは、この能力により、自己意識あるいはメタ意識を持つことになる。自己意識を持つことは、他者の心の状態を推測したり、自分と他者の関係を理解することと深く関連している。

「自己意識」というと何か難しく聞こえる。「自己モニタリング」はなかなかうまい言い方のように思える。他者や人間以外の生物の「心」はわからないにしても、行動の観察や「私」の経験からの類推で、自己モニタリングがなされていると言ってもよいように思えるが、明快ではない(単なる物理・化学的反応ではないか?)。

 

2.情動のコントロール

前頭前野は、大脳辺縁系と密接な線維連絡を持っていて、大脳辺縁系による情動行動を調節している。

大脳辺縁系の中で主に情動機能を担っているのは偏桃体である。偏桃体は、外界の対象が自分にとって有益なのか、あるいは有害なのかという、快・不快に関わる生物学的な意味づけを行っている。

前頭前野に損傷を受けた患者は、自分の感情や行動を抑制することが困難になり、衝動的な行動をとりやすい。

 神経線維とは、「神経細胞ニューロン)の構成要素で、細胞体から出ている突起のうち、最も長い突起。末端は次の神経細胞樹状突起シナプスを介して結合する。神経突起。軸索。軸索突起」(デジタル大辞泉)である。

自分の感情や行動を抑制することが困難な人を見かけるが、これは前頭前野あるいは繊維連絡に欠陥があるからかもしれない。

情動(本能や喜怒哀楽)をコントロールすることができるから「心」があるというのは、一つの定義ではあるだろう。

 

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https://netallica.yahoo.co.jp/news/20181230-39917768-howcolle

 

3.表象の内的操作

表象とは、外界の事物や事象が自己の中に取り込まれたものである。各種の表象は自己の中でばらばらに存在しているのではなく、外界や経験の秩序に従って、組織化されて、記憶表象の体系(スキーマ)として貯蔵されていると考えられる。外界のモデルが、脳内に何らかの表現形式で再現されている。

各種の記憶表象が、前頭前野の内的操作によって利用される過程が想定される。様々な表象を内的に操作する前頭前野の能力は、複雑で長期的な計画を実現する際の意図的な適応行動においても、重要な役割を果たしている。前頭前野に損傷を受けた患者は、適応行動を計画的に遂行できなくなる。

 「各種の記憶表象が、前頭前野の内的操作によって利用される」という働きこそが、心の働きである、と言っても良いような……。

しかし、「心」を一つの意味に限定するのではなく、様々な意味に分解して、「心」という概念をなくしてしまったほうが良いような……。

*1:国立遺伝学研究所ほ乳類特有の大脳新皮質は新しくなかった - 遺伝研、定説を覆す証拠を発見」 参照。

*2:知性を備えていない人は、感覚情報を分析・総合して、その意味を認識し、さらに外界にどう対処すべきかという、適応行動の計画を立案して、それを遂行することができないであろう。