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「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

COVID-19:人を見たらコロナ患者と思え!? (「PCR検査」再論)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するメモ(13)

PCR検査が不十分」という批判は、メディアのみならず、「政治家」や一部の「専門家」の間にもあるようだ。

私は前々回の記事でPCR検査についてふれたが、読み返してみるとどうも不十分で、説得力に欠けるかなと思うところがあり、再度論じることにする。(なお「抗体検査」の議論も安易に是非を判断すべきではないだろう)。

私は文系の素人だが、「PCR検査が不十分」という論者は、以下に述べることを踏まえた上で、議論してほしい。納得できるものであれば(誤りがあれば)考えを改めます。

■正しく恐れる

■冷静な頭脳と温かい心

 

的中率

前々回の記事では「的中率」についてふれなかったが、これはまずかった。また言葉の選び方も適切ではなかったきらいがある。

まず、訂正後の「分割表」と用語の変更は次の通りである。

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<訂正箇所>

  1. 「感染者」を「疾病有り」に、「非感染者」を「疾病無し」に訂正。「感染者」と言うと、「検査陽性」と、混同される恐れがある。実際に「疾病」(疾患、病気)が有るのか無いのかを区分するものである。厚労省は、「検査陽性者」を「感染者」と呼んでいるが、ここでいう「疾病有り」とは異なる。
  2. 「人口」を「検査数」に訂正。検査対象とした数である。「人口」が問題であるわけではない。
  3. 「事前確率」を「有病率」に訂正。検査対象に、どれ位「疾病有り」の者がいるかという率である。
  4. 「陽性的中率」を追加。検査で「陽性」となった者すべてに「疾病がある」わけではない。疾病が無くても、陽性になることがある。従い、実際に「疾病がある」者が、「検査陽性」者のうち、どれ位いるかを示す。(なぜ「偽陽性」が生じるかは、前々回の記事参照)。
  5. 「陰性的中率」を追加。検査で「陰性」となった者すべてに「疾病がない」わけではない。疾病があっても、陰性になることがある。従い、実際に「疾病がない」者が、「検査陰性」者のうち、どれ位いるかを示す。(なぜ「偽陰性」が生じるかは、前々回の記事参照)。
  6. 「陽性率」を追加。この指標が世の中に出回っているようだが、どれほどの意味があるのかよく分からない。「検査陽性」をすべて「疾病有り」と勘違いしているのではないか。検査を万能だと思い込んでいるのではないか。これでは、偽陰性偽陽性、さらには的中率などの議論にならない。

 

前々回の最後の表を再掲する。(合計が間違っていましたので、訂正しました)

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「陽性的中率」を計算してみる。8400/9480=89% である。陰性的中率は、106920/110520=97% である。

 

ここで、有病率(疾患ありの割合)が変化したらどうなるか見てみよう。

有病率を30%から0.5%まで、0.5%刻みで変化させたとき、陽性的中率がどう変化するかを示す。(前々回、計算式を示したので、各自EXCEL等でグラフを描くことができる)

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的中率80%から急激に低下している。有病率5.5%で、的中率80.3%である。有病率5.5%を下回ると、的中率が急激に落ちるということである。

有病率5.5%とはどういう状態か?

分割表を作成してみる。

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人口12万人の地方小都市の5.5%:6600人のうち、検査陽性が4620人、検査陰性が1980人となり、検査陽性4620人のうち、疾病有りが4620人、疾病無しが1134人になるという表である。偽陰性1980人(実際には疾病があるにもかかわらず、陰性と誤判定する)、偽陽性1134人(実際には疾病がないにもかかわらず、陽性と誤判定する)が問題であることは既述のとおりである。この場合、陽性的中率は80.3%となる。

この分割表作成の前提では、検査数を変えても、比率は変わらない。前提条件は、次の通り。

①検査数:120,000、②有病率:5.5%、③感度:70%、④特異度:99%

どういう人を検査対象とするかが問題である。屋形船関係者(約100人)と岩手県在住者100人の有病率(感染者ゼロと公表されている)をどう考えるか。当然、屋形船関係者の有病率が高いと考えられる。上記グラフでは有病率30%から始めているが、屋形船ではもっと高いと考えられ、的中率は100%に近くなる。他方、岩手県では有病率は0%に近いと考えられ、的中率は極めて低くなる。言い換えれば、偽陽性が極めて多くなる。

屋形船はクラスターであり、岩手県ではクラスターではない。「社会的距離を保て=人を見たらコロナ患者と思え」、「すべての人にPCR検査を」と叫ぶ人は、「岩手県の人たちにもPCR検査を」というに等しい。上のグラフをよく見よう。岩手県の人口123万にすべてPCR検査をするとしよう。有病率0.1% 即ち1230人に、コロナ疾患が隠れているとみなすと…

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そうすると、岩手県の「感染者」は13149人となり、PCR検査限定論者に「それみたことか」と威張るのである。ところが、実は「偽陽性」が12288人であり、施設(ホテル)に隔離されることになるのである。的中率は6.5%である。

こういうバカなことにならないよう検査対象を絞るのである。クラスター優先にPCR検査をし、安易に拡充しないという根拠は、以上の通りである。

人によって判断は分れるかもしれないが、的中率80%が概ね妥当な分岐点ではなかろうか。これは既述の通り、有病率5.5%の想定である。従って、クラスターを除いて、有病率5.5%以上が想定される地域(市区郡レベル)PCR検査を拡充するというのであれば、理解できる。無闇矢鱈に検査すれば良いというものではない。

なお、PCR検査の結果、陰性となったとしても、偽陰性があるのだから、大手をふって出歩いても良いということにはならず、これまで様々な注意がなされてきたところである。(普通の常識的な注意をすれば良い)

まともな感染症医はこんなことは基礎知識として重々承知しているのだが、「見逃し」を嫌う医師としての習性から、PCR検査拡充不要論を大きな声で言わないだけだと想像する。(大まかに言って、検査を絞ってきたにもかかわらず、検査実施人数に対する検査陽性者数は、たったの10%に過ぎない厚労省発表数字2020/5/6 12:00現在より)。

 

(補)2×2分割表について

以上見てきたのは、2×2分割表モデルの議論である。これは言うまでもなく、現実を単純化した議論であり、誤りの可能性を免れない。本当に正しい議論と言えるのか。

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r×s分割表で議論したほうが良いのではないかと考えるが、これは素人である私の手に負えるものではないので、何も述べることはできないのだが、これまで読んだ僅かの記事から、留意すべきなのかなと思った点をあげておく。

(1)カットオフ値

「陽性」、「陰性」の判定はどのように為されるのか。RT-PCR検査が定量検査かどうか知らないが、そうだとするとカットオフ値が問題となる。陽性-陰性の2区分ではなく、r区分(層別)したほうが良いかもしれない。

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(2)疾患の程度

「疾病有り」と「疾病なし」の2区分で良いか。この区分基準は何か。疾患の程度や他の疾病との関係をどう考えるか。2区分ではなく、s区分の必要があるのではないか。

(3)性や年齢という基準

病気においては、性・年齢が重要な要素である。これらを明示的にとりこむモデルでなくてもよいのか。

他にもいろいろあるだろうが、それらのことを考慮に入れてなお、2×2分割表が有効であると立証されているのだろうか。