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COVID-19:感染者増減の原因を定量分析しない専門家

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するメモ(98)

※ 当ブログのCOVID-19関連記事リンク集 → https://shoyo3.hatenablog.com/entry/2021/05/06/210000

尾身茂(新型コロナ感染症対策分科会会長)は、2021/9/28の菅総理の記者会見*1において次のように発言した。

第6波にどう備えるかということに関して、今回なぜ感染が急激に拡大して、なぜ感染が急激に落ちてきたかを分析することが非常に重要である。

現時点では、私は大体大きく分けて5つぐらいの感染減少の要素があったと考えています。ただし、それぞれの5つの要素が感染減少にどれだけ寄与したかを今のところでは数量的に定量的に分析することは、まだこれからの課題だと思います。

なぜ、第1波から第4波までの分析をして、第5波に備えるということをしてこなかったのか。第5波がこれまでと異なる原因があったとしたら、それは何で、どの程度だったのか。「定量的なデータ分析は、これからの課題だ」と言うが、そのような原因分析なくして、どうして対策ができるのだろうか。(2021/10/5、COVID-19:尾身発言に対する感想 参照)

 

脇田隆字(国立感染症研究所長、専門家組織「アドバイザリーボード」座長、分科会長代理)は、2021/10/6のアドバイザリーボードの会合後の会見で、「専門家の間でも感染者数が急減した理由の解明には至っておらず、分析には時間を要する」と説明したという*2。その上で、

それぞれの要素がどの程度重みがあるのか、どれが因果関係があるものなのか、直接の原因になっていたものがあるのか、それぞれの要素にどの程度の寄与度があるのか、について分析していくべきだと考えている。

第4波までは因果関係の分析をしてきたのだろうか。原因に応じて対策案を提案してきたのだろうか。

分科会の会長&副会長が、「分析には時間を要する」とか「分析することが重要だ」とか、他人事のような発言はいったい何なんだろうか。原因分析、対策の効果分析を定量的に行わなくて、専門家と言えるのだろうか。

 

仲田泰祐(東京大学大学院経済学研究科准教授)は、東京での感染減少の要因分析をしている。私はその内容を読んでいないが、その要旨が東洋経済ONLINE*3に載っている。

以下のようなことが、定量分析されている。

  1. ワクチンだけが感染急減の要因にならない。
  2. ワクチン接種が遅くても感染減少は起こっていた。
  3. 感染減少に貢献したかもしれない3つの要素。
  4. 追加的な人流抑制なしでも感染は急減する。

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3番目の「感染減少に貢献したかもしれない3つの要素」とは、

  1. 当時の想定よりも低いデルタ株の感染力
  2. 医療逼迫による人々のリスク回避
  3. 自然の周期

である。この3番目の「自然の周期」というのが興味深い。

ウイルスの流行・変異には自然の周期というものがあり人間の行動とは関係なしに増加したり減少したりするという主張も聞かれる。季節性インフルエンザが人流抑制とはまったく関係なしに毎年冬に訪れることを考えると、ウイルス学を専門としないわれわれには十分に検討に値する仮説に思える

この要素の今後の見通しへの影響は、周期がなぜ生まれるかに依存する。冬に拡大・4カ月後にアルファ株が蔓延・その4カ月後にデルタ株が蔓延したことで外生的に120日周期が発生してきたとする。そうすると、冬にまた拡大すると考えることもできれば、デルタ株よりも強い変異株が出てこない限り、拡大はもう起こらないと考えることもできる。もしこのような周期が上記したような人々の自主的なリスク回避行動によって内生的に発生するのであれば、それは再度波が来る可能性を示唆する。

今冬は、新型コロナのみでなく、季節性インフルエンザがどうなるか大いに注目されるところである。

 

急速な感染減少の「政策含意」について述べられている。

分析によって上記した3つの仮説[要素]が有力に見えてきたが、これら3つの仮説のすべてがある程度正しいのか、1つが正しくてほかの2つはまったく間違っているのか、等はまったくわからない。しかしながら、どの要素がどのくらい感染減少に貢献したかにかかわらず、今回の感染減少からはっきりとしたことがある。それは「ロックダウン等の強い追加的行動制限なしでも感染は急速に減少することがある」という事実である。

この事実を認めるならば、「ロックダウン等の強い追加的行動をしても、感染は急速に増大することがある」と言えるのではなかろうか。「人流抑制」を強力に主張してきた人は、この事実をどう受け止めるのか、説明しなければならないだろう。

この事実は、今後感染症対策と社会経済の両立を考えていくうえで示唆がある。もし周期性や医療逼迫によるリスク回避説にある程度の正当性があるのならば、感染拡大時において休校・時短要請・イベントでの人数制限等の追加的な人流削減政策を打たなくても、感染はある時点で減少に向かうと考えられる。政府は人々に正しい情報を提供することに徹することが重要であると言えるかもしれない。

「言えるかもしれない」ではなく、「政府は人々に正しい情報を提供することに徹することが重要である」と言い切っても良いだろう。

上記の事実は、行動制限政策が無力であることを必ずしも意味しない。柔軟性があるとは言いがたい医療体制、保健所や一部のコロナ患者受け入れ病院の疲労、高齢者の重症化率や致死率の高さ等を考慮すると、行動制限政策が効果的な局面もあるかもしれない。

だが、そういった政策は、社会・経済・文化・教育へ多大な負の影響をもたらす。

今回の経験を記憶に刻み、「感染のリスク評価」と「感染症対策のリスク評価」の両方に配慮しながら意見形成・政策判断をしていただけたらと願う。

感染症対策が、「社会・経済・文化・教育へ多大な負の影響をもたらすこと」を、「感染症対策のリスク」と捉えること、このリスクを考慮しようとしない感染症専門家は「偏っている」と言わざるを得ない。