浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

COVID-19: ユヴァル・ノア・ハラリの論考(1)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するメモ(17)

今回は、ユヴァル・ノア・ハラリの新型コロナウイルスに関する論考を見ていくことにする。(訳:柴田裕之)

(私の記事は読まなくても、次のハラリの記事をぜひ読んでみて下さい。おすすめです)

  1. 人類はコロナウイルスといかに闘うべきか――今こそグローバルな信頼と団結を (2020/3/15 「TIME」誌記事)
  2. 新型コロナウイルス後の世界 ― この嵐もやがて去る。だが、今行なう選択が、長年に及ぶ変化を私たちの生活にもたらしうる (2020/3/20 「フィナンシャル・タイムズ」紙)
  3. 新型コロナウイルスで、死に対する私たちの態度は変わるだろうか? 否、じつはその正反対だ (2020/4/20 「ガーディアン」紙)

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http://web.kawade.co.jp/bungei/3455/

 

1.人類はコロナウイルスといかに闘うべきか

  • 近代以前、人類はたいてい病気を、怒れる神や悪意に満ちた魔物や汚い空気のせいにし、細菌やウイルスが存在するなどとは考えもしなかった。
  • 黒死病(ペスト)や天然痘が襲ってきたとき、為政者が思いつくことと言えば、大規模な祈禱の催しを行ない、さまざまな神や聖人に救いを求めることぐらいのものだった。
  • 20世紀には、世界中の科学者や医師や看護師が情報を共有し、力を合わせることで、病気の流行の背後にあるメカニズムと、大流行を阻止する手段の両方を首尾良く突き止めた。
  • 中世の人々が、黒死病の原因をついに発見できなかったのに対して、科学者たちはわずか2週間で新型コロナウイルスを見つけ、ゲノムの配列解析を行ない、感染者を確認する、信頼性の高い検査を開発することができた。
  • 感染症の大流行の原因がいったん解明されると、感染症との戦いははるかに楽になった。予防接種や抗生物質、衛生状態の改善、医療インフラの充実などのおかげで、人類は目に見えない襲撃者よりも優位に立った。

COVID-19は、ペストの再来ではない。20~21世紀の科学技術の進展を正当に評価すべきである。

にもかかわらず、欧米を中心に30万人以上の死者をだしているこのCOVID-19とは一体何なのだろうか。よほど特殊なウイルスなのだろうか。それとも……

 

ハラリは、天然痘を克服した歴史は、現在の新型コロナウイルス感染症について、以下のことを教えてくれると言う。

  • 国境の恒久的な閉鎖によって自分を守るのは不可能であること真の安全確保は、信頼のおける科学的情報の共有と、グローバルな団結によって達成されること
  • 一国における感染症の拡大が、全人類を危険にさらす。
  • 感染症の大流行に見舞われた国は、経済の破滅的崩壊を恐れることなく、感染爆発についての情報を包み隠さず進んで開示するべきだ。一方、他の国々はその情報を信頼できてしかるべきだし、その国を排斥したりせず、自発的に救いの手を差し伸べなくてはいけない。
  • 国際協力は、効果的な検疫を行なうためにも必要だ。隔離と封鎖は、感染症の拡大に歯止めをかける上で欠かせない。だが、国家間の信頼が乏しく、各国が自力で対処せざるをえないと感じていたら、政府はそのような思い切った対策の実施をためらう。
  • 自国の都市を封鎖すれば、経済の崩壊を招きかねない。そのときには他国が援助してくれるだろうと思っていれば、封鎖のような大胆な措置も取りやすくなる。だが、他国に見捨てられると考えていれば、おそらく躊躇し、手遅れになるだろう。

他国を援助するのか、見捨てるのか。他地域(他県、他市町村)を援助するのか、見捨てるのか。今回の危機で見えてきたのは、各レベルにおける役割分担と協力体制の不備である。

さらに言えば、公領域と私領域の関連、市場メカニズムのあり方が問われている。

とりわけ、「自国第一主義」は、非常に根の深い「信念」であって、ほとんど克服不可能ではないかという気がしている。しかし、「それではいけない」と考える人々も、僅かだとは言え確実に存在する。

 

  • ウイルスは、人間の体内で増殖しているうちに、ときおり変異を起こす。ほとんどの変異は無害だ。だが、たまに変異のせいで感染力が増したり、人間の免疫系への抵抗力が強まったりする。そして、このウイルスの変異株が人間の間で今度は急速に広まる。
  • たった1人の人間でも、何兆ものウイルス粒子を体内に抱えている場合があり、それらが絶えず自己複製するので、感染者の1人ひとりが、人間にもっと適応する何兆回もの新たな機会をウイルスに与えることになる。
  • 個々のウイルス保有者は、何兆枚もの宝くじの券をウイルスに提供する発券機のようなもので、ウイルスは繁栄するためには当たりくじを1枚引くだけでいい*1
  • エボラウイルスが比較的稀な病気から猛威を振るう感染症エボラ出血熱)に変化したのは、西アフリカのマコナ地区のどこかで、たった1人に感染したあるエボラウイルスの、たった1つの遺伝子の中で起こった、たった1度の変異(マコナ株と呼ばれる)のせいだった。
  • 新型コロナウイルスにそのような機会を与えないことは、全世界の人にとって共通の死活問題なのだ。そしてそれは、あらゆる国のあらゆる人を守る必要があることを意味する。

新型コロナウイルスSARS-CoV-2)が、エボラウイルスのように「たった1度の変異」で大流行するようになったのかどうか知らない。スーパー・スプレッダーによる感染なのか、ウイルス保有者すべてが同じように感染させるのかどうか知らない。

ウイルスは変異する。第二波、第三波というが、それは「新々型コロナウイルス」かもしれないし、「新々々型コロナウイルス」かもしれない。その都度、右往左往し、緊急事態宣言を出し、都市封鎖するのだろうか。

 

  • ウイルスとの戦いでは、人類は境界を厳重に警備する必要がある。だが、それは国どうしの境界ではない。そうではなくて、人間の世界とウイルスの領域との境界を守る必要があるのだ。
  • 地球という惑星には、無数のウイルスがひしめいており、遺伝子変異のせいで、新しいウイルスがひっきりなしに誕生している
  • 近代以降の医療制度は、この境界にそびえる壁の役割を果たすべく構築され、看護師や医師や科学者は、そこを巡回して侵入者を撃退する守備隊の務めを担っている。ところが、この境界のあちこちで、かなりの区間が情けないほど無防備のまま放置されてきた。
  • 世界には、基本的な医療サービスさえ受けられない人が何億人もいる。このため、私たち全員が危うい状況にある。イラン人や中国人により良い医療を提供すれば、イスラエル人やアメリカ人も感染症から守る役に立つこの単純な事実は誰にとっても明白であってしかるべきなのだが、不幸なことに、世界でもとりわけ重要な地位を占めている人のうちにさえ、それに思いが至らない者がいる。

ウイルスは変異する。ウイルスは意識を持たない。人間に対して「敵意」を持っていない。人間の方がウイルスに対して「敵意」を持っている。戦争に例え、ウイルスを「敵」とみなしている。…「生命」とは何か?

地球という惑星には、無数のウイルスがひしめいている。確かにそうだ。「細菌」もそうである。世界人口が100億人だとしても、細菌やウイルスの数に比べたら(個数を比較することがナンセンスかもしれないが)、ものの数ではない。

コウモリ、豚、ニワトリ、イヌ、ネコ、イノシシ、ネズミ、アヒル、ウマ……。すべて動物は、ウイルスの宿主となりうるか? ウイルスを「敵」とみなすのではなく、「自然」の中で、共存することは不可能だろうか。「争い」を生物の本質と見なければならないのか?

 

  • 今日、人類が深刻な危機に直面しているのは、新型コロナウイルスのせいばかりではなく、人間どうしの信頼の欠如のせいでもある。感染症を打ち負かすためには、人々は科学の専門家を信頼し、国民は公的機関を信頼し、各国は互いを信頼する必要がある。この数年間、無責任な政治家たちが、科学や公的機関や国際協力に対する信頼を、故意に損なってきた。その結果、今や私たちは、協調的でグローバルな対応を奨励し、組織し、資金を出すグローバルな指導者が不在の状態で、今回の危機に直面している。
  • 現在のアメリカの政権は、世界保健機関のような国際機関への支援を削減した。そして、アメリカはもう真の友は持たず、利害関係しか念頭にないことを全世界に非常に明確に示した。
  • 「自分が第一」(ミー・ファースト)がモットーの指導者に、みなさんは従うだろうか?

今に始まったことではないが、「自国第一主義」は目に余るものがある。人間どうしの信頼の欠如。

ハラリの言うように、これでは「危機」は何度でも訪れる。感染症の歴史のみならず、戦争の歴史は繰り返される。但し、グローバルな指導者の不在が問題なのではなく、ローカルな(自国第一をモットーとするような)指導者を生み出している「私たち」が問題なのである。

 

  • 信頼とグローバルな団結抜きでは、新型コロナウイルスの大流行は止められないし、将来、この種の大流行に繰り返し見舞われる可能性が高い。だが、あらゆる危機は好機でもある。目下の大流行が、グローバルな不和によってもたらされた深刻な危機[であること]に人類が気づく助けとなることを願いたい。
  • EUのなかでも比較的恵まれている国々が、大きな被害が出ている国々に、資金や機器や医療従事者を迅速かつ惜しみなく送り込めば、どれだけ多くの演説をもってしても望めないほど効果的に、ヨーロッパの理想の価値を立証できるだろう。逆に、もし各国がそれぞれ自力で対処せざるをえなければ、今の大流行はヨーロッパ統合の終焉を告げる弔いの鐘を鳴らすことになりかねない。
  • もしこの感染症の大流行が人間の間の不和と不信を募らせるなら、それはこのウイルスにとって最大の勝利となるだろう。人間どうしが争えば、ウイルスは倍増する。対照的に、もしこの大流行からより緊密な国際協力が生じれば、それは新型コロナウイルスに対する勝利だけではなく、将来現れるあらゆる病原体に対しての勝利ともなることだろう。

私は今回のコロナ危機が「ヨーロッパ統合の終焉を告げる弔いの鐘」となるかどうか注目している。

それにしても、メディアが、ハラリのような視点を持ち得ず、不安を煽ったり、政局に関連付けた報道をすることに、危機の一端を見る。

*1:スーパー・スプレッダー…インフルエンザなどの感染病において、大量のウイルスをまき散らして一度に多人数に病気をうつし、感染拡大を加速させる患者のことを指す用語。スーパー・スプレッダーの一般的な定義はなく、それぞれの感染症によって異なる。2002~03年にSARS(重症急性呼吸器症候群)の集団感染が起きた際は、基本再生産数(一人の感染者から二次感染をさせる平均的な人数)が8以上の感染者がスーパー・スプレッダーと呼ばれ、15年に韓国でMERS(中東呼吸器症候群)が流行した際は、専門家により同数値が6以上の感染者が対象とされた(知恵蔵mini)。ある感染症でスーパー・スプレッディング現象が発生している場合、接触者追跡をしても、往々にして多くの感染者は二次感染をほとんど起こしていない。スーパー・スプレッディング現象は、集団免疫の低下、院内感染の発生、病原体側の病原性の強さ、ウイルス感染価、誤診、飛沫感染、免疫抑制、また他の病原体との重感染など、複数の因子が重なって発生するとされるwikipedia)。