浮動点から世界を見つめる

「井蛙」には以って海を語るべからず、「夏虫」には以て冰を語るべからず、「曲士」には以て道を語るべからず

「分子」は、「仮想」か「実在」か?

山口裕之『ひとは生命をどのように理解してきたか』(20)

今回は、第2章 生物学の成立構造 第2節 「生物学」の登場  の続きで、「分子」についてである(p.98~)。

生物における多型(形質の多様性)の原因となるものは、理論が要請する「仮想的なもの」なのか、「実在物」なのか?

 

分子仮説

  • 19世紀の生物学者の多くは、生命現象に普遍的な何らかの分子運動の基盤があると考えた。
  • こうした「分子(微粒子)仮説」の起源は、「生物は有機的分子で構成されている」と論じたビュフォンなどに見られるが、19世紀に広く唱えられた。
  • ダーウィンの「ジェミール仮説」は、19世紀的「分子仮説」の典型的なものである。ジェミールは生物の形質を規定するものであり、各生物に含まれている。ある器官を頻繁に使用するとその器官は強化されるが、それに伴ってその器官を規定するジェミールが増殖し、体内を流れていって生殖細胞に入る。そこで、親が頻繁に使用した器官は、子の代では初めから強化されることになる。この仮説は、「獲得形質の遺伝」(ラマルキズム)を含んでいる。
  • メンデルの『雑種植物の研究』は、遺伝現象の原因となる「原基」を仮定し、それが父母からそれぞれ一組ずつ子へと伝達されることで、子孫における形質の出現比率を説明するものであった。
  • ド・フリースもまた、「パンゲン仮説」を提唱していた。パンゲンとは、生物における多型(形質の多様性)の原因となる何らかの物質で、多数の分子(微粒子)から成っており、細胞分裂において娘細胞に伝達される。
  • 「遺伝子gene」という言葉は、ド・フリースの「パンゲン」を短縮したものである。「遺伝学」概念の起源は、こうした19世紀的な「分子(微粒子)仮説)にある。

動物や植物の形質の遺伝を見るとき、(ジェミールなりパンゲンなりの)何らかの分子(微粒子)を仮定することは、素直な発想であろう。

遺伝子geneが、パンゲンpangenesisを短縮したものであるとは知らなかった。

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銀河M33 https://www.nao.ac.jp/releaselist/archive/20111222/results.html

 

19世紀における「分子」の概念

  • 現代化学では、分子はいくつかの原子が結合したものであるが、語源的には「分子」は、「小さな塊」という意味であり、「原子」は「分割不可能のもの」に語源がある。現代ではペアとして扱われているこれら2つの概念は由来が異なる
  • 近代化学における分子仮説はドルトンやアヴォガドロによって19世紀に提唱され…物質が原子や分子で構成されていることが推定された。当初、こうした原子や分子は、実際に存在しているものであるというよりは、実験し観察する人間の側が設定する仮想的なものにすぎないと考えられていた。
  • この時代、有機化学者の間では、原子は「原子量」(原子の大きさを、水素原子の大きさを単位として表現した数)や「原子価」(ある原子が何個の他の原子と結合できるかを示す数)を備えた実在物なのか否か、物体を構成する分子が実際に理論が想定する立体構造をとるのかどうかといったことが論争となったが、1870年頃までには原子や分子を実在物とみなす見方が支持されるようになっていた

「仮想的なもの」が「実在物」か否かは、簡単には判断できない。「仮想と実在」というテーマは幅広く興味深い。近年の話題は、「仮想現実」(Virtual Reality)であり、このブログでいずれとりあげたい。

 

  • 他方、物理学者はその間も一貫して、原子や分子は熱力学的な現象を説明するための仮想上のものだと考え続けていた。彼らが物体は実際に原子や分子で構成されているという考え方を受け入れるようになるのは実に20世紀に入ってからのことである。
  • 彼ら(アインシュタイン、ジャン・ペラン、ラザフォード、ハイトラーとロンドン)の理論によって、分子は原子の単なる寄せ集めではなく、原子同士が強固に結合されたものであることが量子力学によって裏付けられた。生物学における「分子仮説」は、有機化学や物理学における分子や原子についてのこうした考え方の変遷と関わりながら展開された。

原子や分子を「実在物」とみなすようになる物理学の歴史も興味深いが、これも「いずれ」ということにしよう。

量子力学によって裏付けられたと言われても、素人には「そうですか」というしかない。

「物質」が「実在物」であるとはどういう意味か? という問いが私にはある。