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COVID-19:国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するメモ(63)-「指定感染症」から「新型インフルエンザ等感染症」へ(3)

※ 当ブログのCOVID-19関連記事リンク集 → https://shoyo3.hatenablog.com/entry/2021/05/06/210000

新型コロナウイルス感染症は、「指定感染症」から「新型インフルエンザ等感染症」になったのであるが、この経緯を見ていきたい。

今回は、第38回感染症部会(2020/2/18)の資料1「新型コロナウイルスに関連した感染症の現状」を見る。

 

第38回感染症部会(2020/2/18)

新型コロナウイルスに関連した感染症の発生状況等について(P.1)

この部会が開かれた当時(2020/2/18)の各国の感染状況は次の通りである。

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数字の信憑性はともかく、全世界で73千人の感染者(患者)、2千人の死亡者であり、ほとんどが中国である。中国以外は問題にならないような数字であるが、日本にとってはクルーズ船の影響が大きかった。

 

新型コロナウイルスに関連した感染症に関するWHOによる助言の概要(速報)(P.2)

WHOは緊急委員会を開き(2020/1/22~23)、以下のような「助言」を発表した。[ ]は私の補足。

  1. 封じ込めのために、積極的なサーベイランス[監視]、早期発見、患者の個室管理[隔離]、適切な管理[症例管理]、接触者の健康観察[contact tracing、接触歴追跡]等を含む対策を実施し、WHOとデータを共有すること。
  2. ヒトへの感染を減らすこと、二次感染及び国際的拡大を防ぐために、関係機関と連携すること等に重点を置くこと。
  3. WHOの渡航勧告に従うこと。(手洗いの徹底やマスクの着用など一般的な感染症対策を行うこと、海外渡航の制限はしないこと。)

封じ込めのために必要な対策は、監視、早期発見(検査)、隔離、症例管理(分析?)、接触歴追跡などとされている。

「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」は時期尚早とされた。

武漢市の都市封鎖は、2020年1月23日から4月8日までの約2か月半であった。

 

新型コロナウイルスに関連した感染症に関するWHOによるPHEIC宣言の概要(速報)(P.3)

1週間後(2020/1/30)に開催された緊急委員会で「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」が宣言された*1。どういう現状認識だったのか?(PHEICがどういうものかはP.4)

  • まだ明らかになっていないことは多い。
  • 1ヶ月でWHOの5つ地域で感染が拡大。
  • ヒトからヒトへの感染は武漢や中国以外でも発生が確認されている。
  • 一方で、各国が早期発見、患者の隔離及び治療、接触者の健康観察、接触する機会を減らす対策をとることで、感染拡大を防ぐことができる。

要は、中国以外にも感染が拡大しているので、WHOが「緊急事態宣言」を出して、国際協力のもと各国が感染防止策をとるよう促しているもののようだ。

各国に対する助言[勧告]は、以下のとおりである。

  1. 人への感染を減らすこと、二次感染及び国際的拡大を防ぐために、関係機関と連携すること等に重点を置くこと。
  2. 現在の利用可能な情報に基づき、渡航および貿易の規制について推奨しない。
  3. 渡航制限を実施する際は、必ずWHOに報告しなければならない。差別を誘発するような措置は控えるべきである。
  4. 国際社会は互いに団結し、感染源の特定、ヒトからヒトへの感染の全容解明、輸入症例に対する準備、及び必要な治療薬の研究開発について協力していくべき。

前記の監視、早期発見(検査)、隔離、症例管理(分析?)、折衝歴追跡などの他、国際協力が強調されているようだ。

ただ緊急事態宣言により、何がなされるべきであり何をしてはならないのかが明確になっていなければ、効力を発揮しえない。宣言後の事態の推移を見れば、効力を発揮したとは言えないのだが、それは各国が勧告を無視あるいは真剣に考えなかったか、そもそも勧告の内容が非現実的であったかのいずれかであろう。

 

国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)とは(P.4)

国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」とは、国際保健規則(IHR)に基づく、次のような事態。(PHEIC:Public Health Emergency of International Concern)*2

(1)疾病の国際的拡大により、他国に公衆の保健上の危険をもたらすと認められる事態

(2)緊急に国際的対策の調整が必要な事態

WHOが何をするかというと、

  • WHO事務局長は、当該事象が発生している国と協議の上、緊急委員会の助言等を踏まえ、PHEICを構成するか否かを認定し、保健上の措置に関する勧告を行う。
  • 勧告には、当該緊急事態が発生した国又は他国が、疾病の国際的拡大を防止又は削減し、国際交通に対する不要な阻害を回避するために、人・手荷物・貨物・コンテナ・輸送機関・物品及び/又は郵便小包に関して実施する保健上の措置(例:出入国制限、健康監視、検疫、隔離等)を含めることができる。ただし、拘束力はなく、また勧告に従わない場合の規程等もない。

PHEICの定義から明らかなように、勧告の具体的内容は「出入国制限、健康監視、検疫、隔離」がメインであろう。

日本のマスメディアの報道は、「出入国制限、健康監視、検疫、隔離」に関するものが少ないように感じられる。

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2020年1月30日、新型ウイルスは中国各地と少なくとも16カ国に感染が広がっている(https://www.bbc.com/japanese/51305896

 

議事録―質疑応答よりピックアップ

今回の議題1(新型コロナウイルス感染症について)は、事務局(厚労省)からの報告であるが、その議事録から私の興味を持ったものをピックアップしておこう。

賀来委員東北医科薬科大学 医学部 感染症学教室 特任教授) 日本でかなりの症例が重症例も含めておられますので、…症例の解析をぜひお願いしたい。…特にどういう経過なのか、どういうところで重症化しているのか

脇田部会長国立感染症研究所所長) 非常に重要な御指摘でありまして、症例をまとめて提示することが臨床医の間でこの新型コロナウイルス感染症を把握するために非常に重要だということで、厚生労働省のほうで研究班を立ち上げていただくことになっていまして…

先ほどのWHOのアドバイスの中に、「症例管理」というのがあった。「症例管理」というからには、経過(無症状・軽症←→中等症・重症など)の分析や重症化要因の分析(症例解析)が当然になされるべきと考えるが、そういう症例解析を見たことが無い。(どこかで解析・報告がなされているのかもしれないが…)

谷口委員国立病院機構 三重病院 臨床研究部長) [無症候性感染の]患者さんがかなりたくさんいて、それらが感染源になって地域で感染をおこしていると言うのであれば、逆に最初にセンチネル サーベイランス[sentinel surveillance、定点把握]を立てて、地域でどのぐらい蔓延しているかというのを評価しつつ、こういうことをやっていく必要があると思います。このためには、センチネル サーベイランスを行って、地域でのコロナウイルスの伝播状況を評価していただきたい。…本当にそんなに地域で蔓延しているのかどうかをきちんと見るべきである。

脇田部会長 サーベイランスにつきまして、今、感染症疫学センターのほうで、基幹定点がいいのか、あるいはインフルエンザ サーベイランスに乗せるのがいいのか。ただ、数を少し考えないと、検査の負担もあるのでという議論を今、しているところです。

定点把握は、「発生動向の把握が必要なもののうち、患者数が多数で、全数を把握する必要はない場合」とされているとおり、患者数がそれほどでもない段階で有効なのかどうか疑問である。

なお全数把握は、「周囲への感染拡大防止を図ることが必要な場合、及び発生数が稀少なため、定点方式での正確な傾向把握が不可能な場合」とされている。(厚労省感染症発生動向調査について)

岩本委員(国立研究開発法人・日本医療研究開発機構 戦略推進部長) フェーズ トランジション[phase transition、相転移]という考え方…水分子に例えると、温度が変わるだけで、0度以下だったら氷、0度から100度だったら水、その上へ行ったら蒸気になるわけです。同じ分子が塊、液体、気体と0度と100度に急激な相転移が起こります。感染症であれ、森林火災であれ、コントロールが効く段階と蔓延してしまう段階をもっと的確につかまえようという考え方です。今の日本の状態が、平地で80度くらいのボコボコと沸騰仕始めた水なのか、まだまだそういうふうに泡はほとんど立っていませんと考えるのか、一番の際のところだと思いますし、今が決断の時期だと思います。

相転移の考えは面白いが、感染症の流行で「相(phase)」が変わるとは思えない。

よく「フェーズ」という言葉を聞くが、どれほどの科学的根拠があるのだろうか。意味のある分類なのだろうか。(心理的効果のみ?)

山田委員東京大学名誉教授) リスク評価のために多分、この66名中の13名が無症候の感染者であるという情報がありますけれども、この人たちは既に十何日間か観察されているのだとすれば、その間にどの程度のウイルス量が出ているか。これはリアルタイム[PCR]であれば、ある程度の定量化もできるので、要するに無症候の感染者が感染源になり得るのか、なり得ないのかというのは今後のリスクを考えていく上に極めて重要だと思うのですけれども、その辺の解析はされているのでしょうか。

脇田部会長 感染源になるかどうかというのは非常に難しくて、アイソレート[隔離]されてしまっているので、そこから広がるかどうかはちょっと分かりにくい。…無症状の方でもウイルス量に差があるので、やはり多い方は注意して管理をする必要があるということになると思います。

山田委員 そうすると、やはり無症候感染者というものは今の時点では無視できない存在で、市中感染の引き金になり得ると。

脇田部会長 そこはまだ評価できないと思います。…無症状病原体保有者なのか、それとも潜伏期なのかというところは、そこはやはり評価していく必要はあると思っています。

「無症候の感染者が感染源になり得るのか、なり得ないのかというのは今後のリスクを考えていく上に極めて重要だ」という指摘は重要だ。無症候の感染者から重症者まで十把一絡げで感染者として把握し議論しているのは、全く雑な議論だと思う。

ここでは、この時点(2020/2/18)で無症候感染者の感染力の問題が提起されていることに注目したい。

*1:WHO事務局長は、COVID-19の発生がPHEICを構成すると宣言し、委員会のアドバイスを受け入れ、このアドバイスをIHRに基づく一時的な勧告として発出した

*2:厚労省資料「世界保健機関(WHO)による危機管理-国際保健規則(IHR)」参照。