伊藤公一朗『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』(8)
今回は、第4章 「階段状の変化」を賢く使う集積分析 の続きである。
伊藤は、集積分析のもう一つの応用例として、スタンフォード大学のラジ・チェティ教授らが行った「所得税と労働供給の因果関係分析」(階段状の所得税率が労働供給に与える影響)を紹介している。デンマークの累進課税制度を分析しているのだが、これについては、日本の累進課税制度と同様なので、以下の記事を参照。
ここでは、75歳以上の医療費窓口負担割合が1割から2割になるという、「後期高齢者の窓口負担割合の変更」についてとりあげる(高齢者本人あるいは扶養者にとっては関心事だろう)。*1
今回は、社会保障の話ではなく、データ分析(階段状の変化)の話なので、負担が1割から2割に跳ね上がるというところのみ見ていくことにする。周知広報のリーフレット(PDF)があるので、その3頁目のフローチャートから一部を抜き出してみる。
上図で、「年金収入+その他の合計所得金額」とあるのを、ここでは「収入等」と呼ぶことにする。
収入等が1割から2割に跳ね上がる(階段状の変化)のは、収入等が200万円以上と300万円以上の2つあるが、今は「1割から2割に跳ね上がる(階段状の変化)」という点に注目しているので、以下200万円の場合についてのみ見ることにする。これをグラフにすると、次図のようになる。(黒実線)
収入等が、仮に1,999,990円であれば1割負担、2,000,000円であれば2割負担となる。たったの10円違いで、今後1年間の医療費負担が大きく異なることになる*2。これまでほぼ毎年1割負担で9万円支払っていたとすれば、今後は18万円支払うことになる。そのため、もし収入等に調整可能な部分があれば、収入等を200万未満に抑える誘因となる。
もし収入等が200万円近辺にあれば、「公平ではない」(たったの10円違いで、今後1年間の医療費負担が大きく異なるのはおかしい)と感じるはずである。これを解消するためには、例えば、100万円で10%、300万円で20%とし、その間は収入に応じての負担割合とすればよい(茶色の線)。この茶色の線は、中学生なら解ける連立方程式で、y(割合)=0.05x(収入等)+ 5 (但し100<x<300)となる。
なぜこのようにしないのか不思議である。
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私は、今回の記事タイトルを、「今年の10月1日から、75歳以上の医療費窓口負担割合が1割から2割になる」としたが、これは正しいか? それとも間違いか? 答えは、「一部の人にとっては正しいが、一部の人にとっては間違いである」。見てきたように、「収入等」が、①世帯に75歳以上の人が1人だけの場合、200万円以上の人にとっては正しく、200万円未満の人にとっては、間違いである。②世帯に75歳以上の人が2人以上の場合、300万円以上の人にとっては正しく、300万円未満の人にとっては、間違いである。
では、このタイトルの印象はどうか? 多くの人が、「75歳以上のすべての人の療費窓口負担割合が1割から2割になる」と受けとったのではなかろうか。しかし、よく聞けば、すべての人ではなく一部の人であり、しかも「負担を抑える配慮措置」があるという。「良かった、良かった」となるのではなかろうか。
なお、この変更(1割→2割)の対象者は、後期高齢者医療の被保険者全体(約1815万人)のうちの約20%(約370万人)と見積もられている。