浮動点から世界を見つめる

井蛙には以って海を語るべからず、夏虫には以て冰を語るべからず、曲士には以て道を語るべからず

「認知症」は、病気なのか?

長谷川寿一他『はじめて出会う心理学(改訂版)』(32) 

今回は、第16章 脳損傷と心の働き の続きである。

  • 運動野や感覚野に病変が存在すると、運動麻痺や感覚の障害など、入力・出力部分の機能が障害される。
  • 連合野に病変がある場合には、損傷を受ける領野の違いによって失認(症)、失語(症)、失行症、記憶障害(健忘)、注意障害、前頭葉症状など、いわゆる高次脳機能障害が生じる。
  • 病変がさらに広範囲の連合野に及んで多くの心的過程が崩壊した場合には、認知症と呼ばれる状態になる。

脳の損傷や病気により、脳機能の障害が生じる。連合野の損傷では、失認等の機能障害が生じる。(連合野については、2019/08/29 心の場所探し 前頭連合野? 参照)。脳科学認知神経科学)の話としては、このあたりの詳細を脳の構造と機能に即して明らかにすることになるのだろうが、この話にはふれないで、これから益々問題になるであろう「認知症」について見ていくことにしよう。

 

2025年は、団塊の世代(1947年~49年生まれ)全員が75歳以上になる年である。以降、医療費と介護費が急増するとみられている。2025年の高齢化率は(総人口に占める65歳以上の割合)は30%。75歳以上だけでも2180万人で18%に上るという。また認知症高齢者は、約700万人と推定されている。他人ごとではない。(親の介護、自分の将来(被介護)…)

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https://www.47news.jp/2924290.html

 

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https://www.harrogateconventioncentre.co.uk/blog/the-dementia-darnings-how-one-artist-is-confronting-dementia-with-just-a-needle-and-thread

 

認知症について、政府広報オンライン*1では、次のように説明されている。(2018/2/22、https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201308/1.html

認知症」とは、老いにともなう病気の一つです。さまざまな原因で脳の細胞が死ぬ、または働きが悪くなることによって、記憶・判断力の障害などが起こり、意識障害はないものの社会生活や対人関係に支障が出ている状態(およそ6か月以上継続)をいいます。 

ここで「老いにともなう病気」といっていることに留意しておきたい。

 

どんな症状が出るのか。以下に説明されている症状が、病気か否かを考えながら読むとよい。(a) は政府広報オンラインの説明、(b) は「認知症の人への対応と介護のポイント|症状を悪化させないために」という記事の説明である。

<中核症状>

(a) 脳の神経細胞が死んでいくことによって直接発生する症状。

(b) 認知症の原因となる疾患によって脳細胞が委縮したり変性するために起こる。

  1. 記憶障害…(a) 新しいことを記憶できず、ついさっき聞いたことさえ思い出せなくなります。さらに、病気が進行すれば、以前覚えていたはずの記憶も失われていきます。(b) 食事の内容はもちろん、食事したこと自体を忘れてしまいます。薬を飲んだかどうかも忘れてしまうため、服薬治療を受けている場合は注意が必要です。
  2. 見当識障害…(a) まず時間や季節感の感覚が薄れ、その後に迷子になったり遠くに歩いて行こうとしたりするようになります。さらに病気が進行すると、自分の年齢や家族などの生死に関する記憶がなくなります。(b) 日付や曜日、季節、さらには今いる場所がわからないという障害です。そのため外出したら戻れなくなる症状が現れます。
  3. (a) 理解・判断力の障害…思考スピードが低下して、二つ以上のことが重なると話している相手が誰かわからなくなるなど考え分けることができなくなるほか、些細な変化やいつもと違うできごとで混乱を来す、などの症状が起こりやすくなります。例えば、倹約を心がけながら、必要のない高額商品を購入したり、自動販売機や駅の自動改札・銀行ATMなどの前でまごついたりしてしまうようになります。
    (b) 失認、失行、失語失認(しつにん)*2失行(しっこう)は、手足はマヒしていないのに、当たり前のようにできていた「歯みがき」や「ネクタイを締める」といった行動ができない状態のことを指します。失語は言葉を聞く・話す・読む・書くという言語情報に関する機能が働かない状態です。
  4. (a) 実行機能障害…買い物で同じものを購入してしまう、料理を並行して進められないなど、自分で計画を立てられない・予想外の変化にも柔軟に対応できないなど、物事をスムーズに進められなくなります。
    (b) 実行機能障害、判断力障害…以前は段取り通りにできていた行動や善悪などの判断ができなくなる状態です。例えば、料理ができなくなったり、リモコンを使ってテレビのスイッチを入れられなくなる例がよく知られています。
  5. (a) 感情表現の変化…その場の状況がうまく認識できなくなるため、周りの人が予測しない、思いがけない感情の反応を示すようになります。 

<行動・心理症状>(周辺症状)

(a) 本人が元々持っている性格や環境、人間関係など様々な要因がからみ合って起こる。…不安・焦燥、うつ状態、徘徊、幻覚・妄想(行動・心理症状)

(b) 脳の器質性*3の病変によって認知機能に障害を持つ人が現実生活に適応しようとしたときに生じる。(周辺症状)

  • 徘徊…あてもなく歩き回ることを指します。従来は目的もなくさまようと考えられていましたが、最近では認知症の人は何か目的があってどこかを目指しているという見方もあります。
  • 抑うつ…気分が落ち込んで活動することを嫌がる状態です。思考や感情が閉鎖的になる中で頑張り続けるとうつ病へと進展することがあります。
  • 失禁…意思に沿わず便をもらしてしまうことです。弄便(ろうべん)は、排泄した便をいじり壁や床などにこすりつけたりする行為です。
  • 幻覚…実際には外部からの感覚的刺激が与えられていないにもかかわらず、刺激を受けたと感じたり、幻視や幻聴が起こります。
  • 妄想…例えば、誰も何もしていないのに、「財布を盗まれた」と思い込む状態が妄想です。いくら「誰も盗んでいない」と説明しても、認知症の本人は容易に理解できません。
  • 睡眠障害…眠れなくなる状態のことです。体内時計を司る神経が異常をきたすことにより起こります。昼夜逆転が当たり前になると、介護者の負担も大きくなります。
  • 暴言、暴力いろいろなことが理解できなくなっている認知症患者の焦燥や怒りが、本人または他者に向けた攻撃的行為となって現れることがあります。普通の人なら我慢できることでも、認知症によって感情を抑えられなくなっていると考えられています。

 

このような雑多な症状がでる原因は何なのか。

(a)は、「認知症の疾患として、代表的なものは次のとおりです。いくつかの認知症の原因として、異常なタンパク質が脳に溜まることや、脳の神経細胞が死ぬことにより発症することが報告されています」として、アルツハイマー認知症、脳血管性認知症レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症をあげている。

(b)は「認知症の原因となる疾患によって種類が分れる」として、アルツハイマー認知症レビー小体型認知症、脳血管性認知症をあげている。

「疾患」とは、「病気」の意味である。若干の表現の違いがあるにせよ、(a)も(b)も、上にあげたような症状を示す疾患=病気があると言っている。

アルツハイマー認知症…(a) 最も多いパターン。記憶障害(もの忘れ)から始まる場合が多く、他の主な症状としては、段取りが立てられない、気候に合った服が選べない、薬の管理ができないなど。(b) 認知症の中で一番多いとされ、脳に特殊なたんぱく質が溜まると生じると考えられています。症状としては、近時記憶の障害が目立ちます。例えば、昨日のことは思い出せないが、若い頃に習得した知識や身のこなしは忘れていないというのが典型です。

レビー小体型認知症…(a) 幻視や筋肉のこわばり(パーキンソン症状)などを伴う。(b) アルツハイマー認知症に次いで多く、レビー小体という特殊な物質が脳の神経細胞内にできることが原因で、幻視や見間違いが生じるとされます。無表情や筋肉がこわばり転倒しやすくなるパーキンソン症状が現れることも特徴です。

脳血管性認知症…(a) 脳梗塞脳出血、脳動脈硬化などによって、一部の神経細胞に栄養や酸素が行き渡らなくなり、神経細胞が死んだり神経のネットワークが壊れたりする。記憶障害や言語障害などが現れやすく、アルツハイマー型と比べて早いうちから歩行障害も出やすい。(b) 脳血管疾患(脳梗塞脳出血など)が原因で発症します。身体のマヒや嚥下(えんげ=食べ物を飲み込むこと)障害、言語障害などが現れます。

前頭側頭型認知症…(a) 会話中に突然立ち去る、万引きをする、同じ行為を繰り返すなど性格変化と社交性の欠如が現れやすい。

(a)は疾患=病気の説明ではなく、病名をあげているだけであり、症状を説明している。

 

ところで、いずれも「認知症によるもの忘れ」と「加齢によるもの忘れ」とは違うと説明されている。(a)によると、

     加齢によるもの忘れ    認知症によるもの忘れ
体験したこと 一部を忘れる
例)朝ごはんのメニュー
すべてを忘れている
例)朝ごはんを食べたこと自体
もの忘れの自覚 ある ない
探し物に対して (自分で)努力して見つけようとする 誰かが盗ったなどと、他人のせいにすることがある
日常生活への支障 ない ある
症状の進行 極めて徐々にしか進行しない 進行する

この分類は、一見あきらかなようでいて、いざ具体的に考えてみようとすると非常にあいまいである。例えば、「体験したこと」の「一部」と「すべて」はどのように区分されるのか。「体験したことの9割」は、「一部」なのか。体験したことの「すべて」はどのように計測するのか。ある事柄を体験した時の「天候」はどのように変動したか(天候の変動は体験に含まれるのか)。探し物に対して、努力して見つけようとすると言う時、1分間の努力と8時間の努力は同じなのか。「誰かが盗った」ではなく、「私は確かにここに置いた」としか考えられないときはどうなのか。症状の進行が極めて徐々とはどのような速度のことをいうのか。

(a)(政府広報オンライン)は最初に、「認知症とは、老いにともなう病気の一つです」と述べていた。とすると「加齢によるもの忘れ」と「認知症によるもの忘れ」は同じではないのか。「もの忘れ」は病気ではないというなら、「認知症[病気]によるもの忘れ」という言い方はないだろう。

 

さて、以上の認知症の説明で、認知症とはどういう病気なのかイメージできただろうか。ここをはっきりしておかないと、冒頭の図の「認知症高齢者:約700万人」という数字を正当に評価できないだろう。

そこで日本神経学会の説明を参照しよう。(https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/sinkei_degl_2010_02.pdf

認知症とは、一度正常に発達した認知機能が後天的な脳の障害によって持続に低下し*4、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態を言い、それが意識障害がないときに見られる。

ICD-10*5による認知症の定義は、「通常、慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習、言語、判断等多数の高次脳機能の障害からなる症候群」とされている。 

この説明(定義)なら、「なるほど」と思う。「老い(老化)」という言葉は、一言も出てこない。また、上にみたような症状が出たからといって認知症という病気であるとは言っていない。

後天的な脳の障害」ないしは「慢性あるいは進行性の脳疾患」によって、「認知機能の持続的な低下」がみられるようになると言っているのである。

脳に特殊なたんぱく質が溜まったり、レビー小体という特殊な物質が脳の神経細胞内にできたり、脳梗塞脳出血などが原因となり、脳機能の障害が生じて、認知機能(記憶、思考、見当識、理解、計算、学習、言語、判断等)の低下症状が出るというのである。

脳の病気→脳の機能障害→認知症(認知機能の低下症状)>なのであって、<認知機能の低下症状→認知症という病気>なのではない。

*1:厚労省認知症施策のページでは、認知症について知りたい人は、政府広報オンラインを参照するようにと、リンクを張っている。(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/ninchi/

*2:失認…意識障害も痴呆もなく感覚機能も正常で,対象の存在を知覚することはできるが,ある特定の感覚に関してはその対象が何であるかを認識できない症状をいう。たとえば視覚失認の一型である相貌失認では,傍らにいる母親の顔形は見えていても,それを視覚的に母親の顔と識別できず,表情もわからない。しかし,声を聞くと直ちに母親であることを認めるものである(世界大百科事典)。
見たものが何であるか認識できない視覚失認、聞いたものが何であるか認識できない聴覚失認、また触ったものが何であるか認識できない触覚失認がある。は五感の感覚が働かない状態です。

*3:器質性…症状や疾患が臓器・組織の形態的異常にもとづいて生じている状態。(大辞林

*4:「持続に低下し…」などという意味不明の日本語になっているが、「持続に低下し…」が正しいだろう。(b)の記事は、「持続的」としている。

*5:世界保健機関(WHO)による国際疾病分類第10版。