浮動点から世界を見つめる

井蛙には以って海を語るべからず、夏虫には以て冰を語るべからず、曲士には以て道を語るべからず

DNA分子としての遺伝子は、形質の情報をも担うものであるか?

山口裕之『ひとは生命をどのように理解してきたか』(28)

今回は、第3章 二つの遺伝子 第2節 分子生物学における遺伝子概念の展開 の続き(p.138~)である。

1970年頃の分子生物学

  • DNA分子は、それを構成する塩基の配列によって、タンパク質のアミノ酸配列の情報、情報解読のために必要な情報、情報発現の制御に必要な情報を表現している。長く連なったDNA分子の中で、遺伝子の単位は、対応するタンパク質によって定義される。遺伝情報は、「DNA→mRNA→タンパク質」と一方通行に流れる。
  • こうした分子生物学の基本的枠組みが形成された1970年頃には、「生命の秘密はほとんど分かってしまった」という楽観論が支配する。「細かいことが全部分かっているとは言わないが、原理的なことは分かった」(モノ)。
  • 当時の研究は主に大腸菌を用いて行われたのだが、「大腸菌で正しいことは象でも正しい」というキャッチフレーズが唱えられ、大腸菌におけるDNAの複製やタンパク質への翻訳の仕組みは、そのまますべての生物にも妥当するだろうと考えられた。
  • 新たなパラダイムの創造と新発見の連続の時期を過ぎて、ワトソンは研究の一線から一歩引いて教科書の執筆や学会行政に軸足を移し、クリックは新たな謎を求めて、「意識はなぜ生じるのか」という観点から脳科学の研究に転向した。

パラダイム」あるいは「科学哲学」、そして「意識」の問題は、私の関心事項の一つであり、いずれとりあげたい。

 

遺伝子概念の揺らぎ*1

  • しかしながら、ジャコブ(Jacob)とモノ(J.Monod)による遺伝子の働きの説明において、タンパク質のアミノ酸配列の情報を担う「構造遺伝子」と、その発現制御の情報を担う「調節遺伝子」が区別されたことは、「セントラルドグマに寄った最初の皺」であった。つまり、遺伝子概念の揺らぎないし多義性は分子生物学の草創期において既に始まっていたのだ。
  • セントラルドグマに寄った次の皺は、真核生物におけるイントロンの発見である(1977年)。イントロンとはDNAから転写されたRNAの内部におけるタンパク質に翻訳されない部分のことで、RNAスプライシング(切り貼り)されたうえでタンパク質に翻訳される。その後すぐに、真核生物のゲノムは、大量のイントロンを含むことがむしろ普通であることが明らかになった。
  • その後、1980年代には選択的スプライシング[splicing:接合]やリボザイム[ribozyme:触媒活性をもつRNA]、各種ncRNA[non-coding RNA:タンパク質に翻訳されないRNA]の発見が相次いで、現在に至っている。

RNAにタンパク質に翻訳されない部分がある」ということは、セントラルドグマ(遺伝情報は、DNA→RNA→タンパク質と一方通行で流れ、その逆はない)にいささかの疑義を生じさせるものである。

 

セントラルドグマ」というパラダイム

  • 遺伝子中にイントロンが見つかっても、選択的スプライシングが見つかっても、「遺伝子はタンパク質のアミノ酸配列の情報を担うものだ」という分子生物学の原理的な部分は何とか維持されてきたかもしれないが、近年様々な種類のものが発見されているncRNAの情報を担う部分までも「遺伝子」と呼ぶなら、遺伝子の概念は、分子生物学草創期とはずいぶん異なったものとなってしまったことになる。
  • しかしながら、今のところ多くの分子生物学者は「セントラルドグマ」が破綻するほどのことではないと考えているようだ。つまり、遺伝子の基本的な役割は、適切な時期に・適切な場所で・適切な量の・適切なタンパク質 を作り出すことだと考えているようである。
  • 細胞内で様々な機能を担う主役はやはりタンパク質であり、一部にタンパク質同様に触媒機能を持つRNAもあるものの、基本的にRNAは、情報の発現制御を含む情報伝達の機能を担っているという理解である。様々な例外的な事実が蓄積されてきているものの、「DNAが情報保持、RNAが情報伝達、タンパク質が実働部隊」という、分子の種類と機能とを対応させる説の枠内での理解が維持されているわけである。
  • このように、1970年代までのシンプルな図式に、いろいろと補助仮説が付加されて複雑な体系となってきたが、分子生物学の基本的なパラダイムはまだまだ放棄されてはいない。バイオインフォマティクスやシステム生物学などの分野では新たな生命理解のパラダイムを模索しようとるす動きも出てきているが、多くの生命科学研究者の関心は、新たなパラダイムを作り出すことよりは、個々の遺伝子の機能を明らかにすることに向けられている。

セントラルドグマが、古臭いパラダイムなのか、単なる言葉の定義(解釈)の問題なのか、分子生物学の素養が無い私には何とも言えない。

 

遺伝子と形質

  • 近年において遺伝子の機能解析の研究を大々的に進めているのは、遺伝子から読み取った情報を医療ビジネスに役立てようとするバイオベンチャーであり、大学などの研究機関においても医学系の研究者たちである。さらにそこにコンピュータ科学など情報科学の専門家が多数参加して、遺伝子から読み取った情報の解析やデータベース作りを行っている。
  • 医学的関心に基づいて探求されている「情報」とは、単にいつどこでいかなるタンパク質が作られるかということだけではない。病気ないし症状という、外的に観察された形質と何らかの関連を持つ遺伝子やタンパク質やRNAが求められている。要するに、こうした研究において、分子生物学的な意味での遺伝子が、外的に観察された形質と結び付けられようとしている。

「この病気(症状)に関連する遺伝子は何か?」と問うこと、これは、病気(症状)という「形質」が、DNAという分子生物学的な「遺伝子」と結び付けられようとしている、ということである。

f:id:shoyo3:20210726100537j:plain

https://kristinmoonscience.com/what-is-dna/

  • メンデルの場合には、遺伝子(原基)と形質とは1対1に対応するもので、遺伝子の単位は形質であると考えられていた。…そうした不変の形質[マメの色やしわの有無]に対応する不変の原因として、そもそも遺伝子は想定されたのであった。
  • 分子生物学では、遺伝子はタンパク質のアミノ酸配列の情報、情報解読のために必要な情報、情報発現の制御に必要な情報を担うものと考えられた。そうした発想に基づく研究の結果、遺伝子の働きは、コンピュータ・プログラムになぞらえられるような「情報機械」として理解され、その限りでの仕組みはおおよそ明らかになった。
  • しかしそうした研究枠組においては、遺伝子から形質へとつながる因果関係の解明は大部分わきによけられてきた。情報概念において重要なことは因果関係ではなく、情報を記録する媒体や伝達方式、暗号(コード)の形式を特定し、それを解読することだからである。

「この病気(症状)に関連する遺伝子は何か?」と問うこと、これは、「遺伝子形質」の因果関係を解明しようということである。「情報機械」としての理解は、「遺伝子⇒形質」の因果関係を解明しようという問題意識がない(?)。

  • 近年大々的に進められている医学的関心に動機づけられた遺伝子の情報読み取りの研究では、由来を異にするこれら2つの遺伝子概念が継ぎはぎになっている。

「2つの遺伝子概念」とは、(1)メンデルに由来する遺伝学的な遺伝子概念、(2)分子生物学的な遺伝概念。

  • そうした研究の結果、病気や症状と何らかの関連のある多くの遺伝子が見つけ出されている。しかし、そうした遺伝子の大部分は、持っていると病気のリスクが上がるというだけのものであって、病気を一義的に規定するものではない。身長など遺伝率が高い形質について、それを規定する遺伝子が見つからないことも多い。加えると、遺伝子と形質とがほぼ一義的に対応するようなケースにおいても、遺伝子から形質へと至る具体的な因果関係の詳細については、多くの場合、十分明らかになってはいない(例:ハンチントン病)。
  • こうした状況を前にして、遺伝子と形質との間の因果関係の詳細を追跡することが重要なのではないかと思われるが、実際のところは、近年の研究、特に情報科学的な観点からの研究においては、遺伝子から形質への因果関係についてはとりあえず脇において、遺伝子の塩基配列の類似性からその機能を推定することが主要な課題となっている。つまり、形質の情報を遺伝子から直接的に読み取ろうというのである。第1章で取り上げた「相同性検索」*2がその主要な技法である。
  • こうした研究は、遺伝子を外的形質と結び付けようとする点では古典的な遺伝学の発想を受け継いでおり、他方、遺伝子が担うものを「情報」であると考えて、遺伝子から外的形質へと至る具体的な因果関係については等閑視する点で、分子生物学的な遺伝子概念を受け継いでいるということができるだろう。

「2つの遺伝子概念が継ぎはぎになっている」とはこのことだろうが、いささか難しい。「形質の情報を遺伝子から直接的に読み取る」が、「遺伝子と形質との間の因果関係」を追跡することではないというのであるが、そうするとこれは「相関関係」を言うものだろうか。

  • こうした研究が大きな成果を挙げつつあるということは一面の真実であるが、言うまでもなく、こうした継ぎはぎの遺伝子概念には、根本的な理論的問題がある。それは、そもそもDNA分子としての遺伝子は、形質の情報をも担うものであるかということである。もしそうだと言うなら、情報を記録する媒体や伝達方式、コードの形式を特定し、さらにはそうした暗号を解読することができなくてはならない。つまり、分子生物学において遺伝子とタンパク質の間の関係でそうすることができたように、遺伝子と形質とを、情報の媒体と読み取るべき情報という形で一義的に対応付けることができるかどうかが問題であるはずだ。それができないと言うのであれば、遺伝子と外的形質の結びつけは、生物自身にとっての本質を捉えるものではなく、人間の便宜のために作られた外在的な解釈枠組みだということになる。
  • 以下では、形質と遺伝子との対応関係の問題をさらに検討するために、分子生物学と並行して発展した、遺伝子に関わる他の生物学の分野、即ち進化論における遺伝子の概念について検討しよう。

「DNA分子としての遺伝子は、形質の情報を担うものである」ということが、「因果関係」としては証明されていない、というのが山口の言いたいところか。