新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するメモ(90)
※ 当ブログのCOVID-19関連記事リンク集 → https://shoyo3.hatenablog.com/entry/2021/05/06/210000
私はこれまで「PCR検査」に、否定的だった。何故なら、
- PCR検査の陰性/陽性の判定基準が明確ではない。
- PCR検査で陽性になっても感染を意味するものではない。
- PCR検査で陽性になり隔離収容することは生活破綻を招きかねない。
- PCR検査で陰性になっても、その時限りのものである。(陰性証明の有効期間は極めて短い)*1
- PCR検査や隔離収容のコストを無視すべきではない。
- 何のためにPCR検査をするのか、目的が理解されていない。(感染拡大防止と治療)
しかし、PCR検査には、Ct値という(二値ではない)定量値があることを知ってからは、判定基準の改善(感染者の水増しをやめること)、隔離収容者を真に必要なものにとどめること、という方向に進むのではないかと思っていたのだが、全くそのようにはならなかった。
但し、カットオフ値(陽性、陰性を分ける値)を見直せばそれで良いのかという点に関しては、「その時限りのものである」という先の「陰性証明」と同じ問題があり、どうしたものかと思っていた。
そんな折、『感染拡大防止の鍵となる社会的PCRスクリーニング | COVID-19有識者会議
』(大場純奈、谷口博昭、西原広史著)を読み、PCR検査が、「感染拡大防止と社会経済活動」を両立させるためのキーとなるかもしれないと思うようなった。
www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp
はじめに用語の確認をしておこう。
PCR検査とは、採取した検体(唾液、鼻咽頭スワブなど)の中に存在するウイルスの特定のターゲット遺伝子を増幅させ検出する検査法である。
Ct(Cycle Threshold)値とは、検出可能な閾値[カットオフ値]に達するまでPCR にて何回増幅を行ったかを示す数値である。Ct 値の数値が低ければ低いほどウイルス量が多く、高ければ高いほど少なくなる。日本の行政検査におけるPCR検査はCt=40未満を陽性としている。
Ctのカットオフ値[閾値]は各国、専門家の意見により異なり、Ct値は様々な要因(検査機器・試薬・ターゲット遺伝子、増幅効率等)によって数値が変動することに注意。
「Ct値は様々な要因によって数値が変動する」という注意事項は重要であるが、本記事の目的はそこにないので、詳細説明はない。基準がバラバラでは数値の意味がなくなるのだが、「標準化」されているのだろうか。
最初に「結論」を見ておこう。
PCR検査のCt値を目安として、「感染拡大防止」と「社会経済活動」の両立を図るための対策を講ずるというものである。
- Ct値が30未満の場合→即隔離
- Ct値が30-34の場合→隔離推奨
- Ct値が34-37の場合→再検査推奨
- Ct値が37超過の場合→定期検査推奨
では、なぜこのような結論が導き出されるのか。
Ct値とウイルス量・感染性との関係
PCR検査は、極めて微量のウイルス遺伝子断片を検出することが出来ることから、カットオフ値が40の検査で「陽性」と判定されても、実際には他者への感染リスクがほとんどない可能性もあることが指摘されている。これまでPCR検査のCt値と感染性の関係性において、いくつかの知見が得られている。
「感染拡大防止」の観点からは、検査陽性であっても、「他者への感染リスク」が無ければ、隔離は必要ない。(「治療」の観点からは、検査陰性であっても、肺炎症状を呈していれば治療を必要とする)。
得られた知見として、フランス・カナダ・イギリス・アメリカの研究グループの「Ct値と感染性の関係」を解明しようとする実験が紹介されている。
実験とは、鼻咽頭スワブ等の検体を用いて培養細胞*2に感染実験を行うものである[培養細胞モデル]。
ここでは、アメリカの研究グループの実験のみ取りあげよう。
(図表6)ウイルス分離培養 陽性群と陰性群の患者検体PCRのCt値の分布
Victoria Gniazdowski V et al., Clinical Infectious Diseases 2020より改変
ウイルス分離培養陽性群(感染が成立した群)は、PCR検査のCt値の平均が18.8(標準偏差3.4、中央値18.17)で、陰性群(感染が成立しなかった群)のCt値の平均27.1(標準偏差5.7、中央値27.5)と比べて有意に低かった(***p値<0.0001)*3。
ウイルス分離培養成功率はCt値が10-20の範囲で最も高く76.7%で、Ct値20-30で24.1%、Ct値30-40では2.9%に下がった。
「ウイルス分離培養成功率」が注目される。*4
(図表10)無症候性と症候性の集団におけるウイルス量とスーパー・スプレッダー
Q Yang, et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2021の図より改変
無症候性、症候性の感染者より排出されるウイルス量はほぼ同じであり、PCR陽性者のうち、無症候性の10%、症候性の14%の感染者 (Ct≦23.7)が、感染性ウイルスの99%を循環させている。
こうした事実は、感染対策は症状の有無やPCR陽性/陰性で判断するのではなく、Ct値、すなわち放出されるウイルス量に応じて行うべきであることを示唆している。
「無症候性、症候性の感染者より排出されるウイルス量はほぼ同じであり」とあるが、この図は省略した。
上図は、無症候(無症状)陽性者の図である。図の説明が分りやすいように、角丸四角形で囲んでおいた。
無症状陽性者の10%(Ct≦23.7)が、感染性ウイルスの99%を循環させているというのである[スーパー・スプレッダー]。これは、無症状陽性者の濃厚接触者は90%の確率で感染していない、ということを意味しよう。
(図表7)推奨する社会的検査におけるPCR検査のCt値による社会的活動の目安
Oba J et al., Keio J Med 2021より改変
社会的なスクリーニング検査においては、自己採取が可能で安価に出来る唾液検体を用いることを念頭に、ウイルス粒子100万個を含有する推定唾液量を図の上に示している。
各Ct値におけるウイルス粒子100万個を含有する推定唾液量、ウイルスコピー数/mlは、米国のイェール大学の研究者を中心に発表された論文の数式を用いて推測。ウイルス分離培養陽性のCt値は、過去の論文報告を元に、厳しめのカットオフ値を示している。
従来の医学的検査のカットオフ値が検出限界として一般的にCt値40であるのに対し、新たに提唱する社会的検査のカットオフ値は、Ct値と培養細胞におけるウイルス分離培養成功率との関連性の研究報告をもとに設けており、これにより被検者の再検査を促しつつも社会活動を継続できるようにし、感染拡大防止と社会経済活動の両立を目指すものである。
ここで図表7を見ながら、冒頭の「結論」の説明を聞いておこう。
- 【Ct値が30未満の場合→即隔離】他者への感染リスクが極めて高いと考え、速やかに隔離及び接触者追跡を開始する。検査を受けた人には医療機関を受診し、必要な治療を受けるよう指導する。
- 【Ct値が30-34の場合→隔離推奨】他者への感染リスクは中程度あると考え、人の集まる場所にはいかず、自主的に隔離をすることを推奨。
- 【Ct値が34-37の場合→再検査推奨】他者への感染リスクは低いと考えられるが、感染早期の可能性もあるため、再検査を促し症状出現がないか気をつけてモニターしつつ、社会活動の維持を可とする。
- 【Ct値が37超過の場合→定期検査推奨】他者への感染リスクはないと考え、通常通りの社会活動を継続可能とする。しかし、一度のPCR検査の結果に頼るのではなく、定期的な検査を推奨し、症状や接触歴などを含め総合的に判断することが重要である。
他者への感染リスクがどの程度あるかによって、隔離するかどうか決めようというのである。そして、他者への感染リスクがどの程度あるかは、上述のとおり、Ct値(ウイルス量)によって測定される。
隔離不要ということは、放置するということではない。再検査/定期検査によりリスクを軽減する必要がある。
他者への感染リスクの度合いを考慮しようともせず、「検査陽性者を見つけ出して、隔離すべし」というのは、社会・経済・文化活動に大きなダメージを与える。
なお、Ct値が34以上は隔離不要というのは入手できたデータ解析から得られたものだが、これは最新のデータで見直されるべきである。
(図表11)社会的検査において重要なことは定期的に検査を行うこと
Mina MJ et al., N Engl J Med 2020より改変
横軸は時間の経過を、SARS-CoV-2感染時の体内のウイルス量の変化が青線で示されている。感染感度に優れた検査はウイルスの存在を検出できるかもしれないが、頻繁に検査しない場合、感染性の既に消失した回復期の感染者を見つけるだけになる場合がある。感度がやや劣るが簡便・迅速・安価なプール法や抗原検査などの検査を頻回に行えば、ウイルス量がピークに達する前後の他者への感染リスクが高い人を見つけられる確率はより高い。
この図の説明が理解しやすいように、四角と三角の記号を付加してみた。
「高感度の検査」では、■に近い時期に検査しなければ手遅れになる(□に近い時期では遅い)。頻回の検査では、検査コスト(検査を受ける人のコストを含む)が問題となる。
検査コストの安い「感度が劣る検査」では、頻回の検査が可能であり、▲~△の時期に検査すれば、感染リスクが高い人を見つけやすくなる。
具体的にどれくらいの間隔で検査すべきかは、データ解析で定められるべきだろう。
以上、「感染拡大防止と社会経済活動を両立させるために為すべきこと」は、「他者への感染リスク」が高い人に限って「隔離」すべきであり、「他者への感染リスク」が高くない人は、(検査陽性であっても)社会経済活動を行う(但し、再検査/定期検査は行う)ということになろう。ここで、「他者への感染リスク」は、ウイルス量(Ct値)により判定される。
以上のロジックが日本のCOVID-19感染者において成り立つかどうか、データ解析が必要であると考える。また、「Ct値は様々な要因(検査機器・試薬・ターゲット遺伝子、増幅効率等)によって数値が変動する」のであれば、この検査標準(できれば国際標準)が必要だろう。
仮にこれが可能であったとしても、「他者への感染リスク」をゼロにするのではなく、ある程度は許容すべきである。その許容範囲は「インフルエンザ」並みだろうか。
デルタ株等のPCR検査のCt値(ウイルス量)はどの位のものだろうか。この結果によっては、考え直さなければならないかもしれない。
「他者への感染リスク」があっても、うつされた人が軽症ですむなら(普通のカゼのようなもの)、特に問題はないわけで、その場合には「他者への感染リスク」(隔離)を考慮する必要はない。このあたりをどう考えるか?
変異株の「病原性の強さ」も、「隔離」あるいは「許容範囲」の指標となるようだ。