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COVID-19: バイラル イミュノロジー(viral immunology)-ウイルスと免疫-

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するメモ(36)

今回は、分子ウイルス学・免疫学研究者である峰宗太郎氏へのインタビュー記事(日経BP、2020年9月16日、「新型コロナ、「ワクチン接種」の議論が始まる前にぜひ知っておきたいこと」)を読むことにします。*1

インタビュアー山中浩之(日経ビジネス シニア・エディター)は、まず次のように述べている。

  • この先、ウイルスのごとく続々と現れる「一見、正しそうに見える」俗説に惑わされず、自分で考え、行動するには、どうすればいいのだろうか。
  • 結論だけをネットで読んだり、専門用語の意味をwikiで検索して独り合点したりする前に、「専門家が見ているその分野の全体観」を、うっすらとでもいいので知っておくことが、急がば回れの早道だと思う。
  • ワクチン、そして人間の免疫について、ざっくりとでも理解しておくことで、近い将来やってくる「国民への新型コロナワクチン接種」という事象に対して、冷静に判断できるようになりたい

「専門家が見ているその分野の全体観」を知るのは、「うっすら」でも難しいことである(「うっすら」というのは、大学教養レベルか大学卒レベルか)。しかし、いかに難しくとも心構えとして必要なことだろう。

新型コロナワクチン接種については、注意深く見ていかなければならない。

 

峰は次のように述べている。

  • ヘルペス*2もインフルエンザも新型コロナなんかもそうですが、感染症というのはウイルスや細菌などの「病原体側」だけではなく、「感染される側」の免疫などの状態と合わせて、両者を理解することが必要である。
  • バイラル イミュノロジー(viral immunology、ウイルス免疫学)は、病原体のひとつであるウイルスがヒトに入ってきたときに、ヒトの免疫がどうやって抑え込むのか、反応するのかを理解したい、どういうバランスで成り立っているのか、それがどう崩れると疾患を発症してしまうのか、といったことを研究する、微生物学と免疫学の合わさった部分にある研究分野である。

ウイルスや細菌などの病原体だけにフォーカスし、宿主(寄主)の免疫を見ないのは片手落ちである。COVID-19は、高齢者(基礎疾患ありを含む)が重症化し、死に至るリスクが高いということなので、自己治癒力(免疫力)が大きく影響していることは明らかである。

肺炎の原死因*3が、COVID-19であるというとき、「免疫」を無視しているのではないか。

 

  • ウイルスも免疫系も、ものすごく研究する世界が広く深く、かつ、複雑なので、研究がより専門化・細分化していく傾向が強い。(医学に限らず、先端分野の研究でよく見られる)

「ウイルス」も「免疫」も私の関心事項であり、いずれ積読本からとりあげて詳細を見ていきたい。(いま少しずつ読んでいる中屋敷均『ウイルスは生きている』も非常に面白い)。私には、「生命と非生命の間」がテーマである。

 

  • 研究が進めば進むほど、その先にどんどんどんどん「ここをもっと深く掘りたい」ものが見つかる。掘るものが増えていくので、全体を語るのが難しくなる。意識して、時々、自分の研究分野から離れて全体を鳥瞰(ちょうかん)的に見る勉強をし続けていかなければならない。

鳥の目、虫の目、魚の目、心の目

 

  • 細分化して深く掘り下げていく一方で、ある意味「難しい」または「面倒くさい」、もしくは「応用的な」課題が後回しになって残っていく。
  • 例えば大腸癌。最初にAPC遺伝子というのがだめになって、KRASというのがだめになって、P53がだめになって、と、段階的に複数の遺伝子がおかしくなって、最低6個ぐらい遺伝子がおかしくなると癌になる。こういう多段階のものが研究されて、さらには「遺伝子そのものだけじゃなくて、遺伝子に影響を与える要因も見るべきだ」と。さらに環境因子、肺がんは遺伝子だけではなく、喫煙をはじめ様々な影響がある……と、「細分化」しつつも、「還元主義」*4では原因を探りきれない方向にどんどん向かっていく。
  • (編集Y)そしてその先に「専門外」の領域があったりする。

「多段階発癌説」(段階的に複数の遺伝子がおかしくなる)というのは興味深い。そして、さまざまな要素の因果連関。

 

  • この構図は感染症なども一緒で、結核サルモネラとかならば、極端な話、病原体(細菌)を見て、それが増えないようにするお薬を見つければ、もうそれで勝っていた。ところが、ウイルスというのはヒトの体の細胞の中に入って初めて増えだすので、ウイルスだけをいくら見ていてもお薬って見つからない、絶対。
  • さらに、今回の新型コロナもそうなんだけれども、ウイルスと、ウイルスの増え方を見ているだけでもダメなことが分かってきた。その増えたウイルスに対してヒトの免疫が過剰な反応をしてしまうせいで、自分の体も傷つけてしまうことがある。
  • 課題が複雑で、学問の領域をまたぐようになってくる。だから、自分の枠を出た問題意識がないと解けないようなものばかり残っていく。専門分野が極端に専門化していくと、結局難しい問題が残っていく。
  • (編集Y)そうか。専門分野が細分化していくと、より高度な問題が解決できるような認識でいたが、むしろ逆。手ごわい問題が残ってしまう、そういう面があると。
  • 最初から大きな視点を持っているというよりは、実際に解かなければいけない問題が目の前にあって、それに答えようとしたら、ウイルスと免疫系両方にまたがる研究が必要になった。

専門分野を掘り下げていくだけでは問題は解決しない。COVID-19は「感染症専門家」だけで解決するような問題ではない。政治・経済・社会・倫理…さまざまな分野が関係してくる。

「実際に解かなければいけない問題が目の前にある」、まさにCOVID-19(より一般的に「感染症」)という「実際に解かなければいけない問題」がある。COVID-19が終息したとしても、「感染症」の問題が「解決した」とは言えない。

 

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大阪市大と東大医科研、ヒト腸内のウイルス叢細菌叢のメタゲノムDBを作成(https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/column/16/052000031/083100046/

 

  • 私のやっているヘルペスウイルス、エプスタイン・バー・ウイルス(EBV)という名前のウイルスは、日本では人口の90%以上の人が感染している。そしてずっと体内に潜伏している。ほとんどの方は免疫が抑え込んで共生している

ここでの「共生」は、「withコロナ=新しい生活様式」の意味ではない。文字通り、ウイルスとの共生である。菌も同様である。人間は、太古より(人類誕生より)菌やウイルスと共生しているらしい*5。人間にとって「病原体」となるか否かは、決まっているわけではない。

 

  • しかし、EBVってたまに胃がんを引き起こす。上咽頭がん悪性リンパ腫なんかも起こす。その確率は10万人に1人とかで、9万9999人は免疫が抑え込んでいる。ところが1人の人は抑え込めない。「その差は何なんだ」というところがまずは研究のスタート地点になる。
  • EBVだけを見ていてもこれはまったく答えられない。「感染したヒトにおいて免疫に関わる細胞が、EBVをどう抑えているか、または、いないか」という、こういう視点を新たに持つことで初めてこの問題を解きにかかれる

免疫細胞がウイルスにどう反応しているか。ウイルスの病原性は、免疫細胞の機能如何にも左右されるだろうことは容易に想像される。エプスタイン・バー・ウイルス(EBV)が悪性リンパ腫を起こす可能性があるとしたら、免疫細胞の機能との関連で説明されねばならない。単純に「EBVが悪性リンパ腫を起こした」で済ますことはできないだろう。

COVID-19が、肺炎を起こすとしたら、免疫細胞の機能との関連で説明されねばならない。単純に「COVID-19が肺炎を起こした」で済ますことはできないだろう。

高齢者にCOVID-19の重症化、死亡が多いということからすれば、免疫細胞のみならず、その他細胞の「老化」をも視野にいれなければならないように思う。「老衰」との関係。

 

  • バイラル イミュノロジー(ウイルス免疫学)の研究分野に非常に近い分野というのがワクチンである。ワクチンというのは疑似的に病原体のようなものを作ってヒトの免疫を反応させるものだから、ヒトの身体が持っている免疫を応用するものだし、疑似的な病原体を作る面からは、ウイルス学の応用とも取れる。
  • ワクチンって何のためのものか? 「身体に免疫力をつけるため」と言ってはいけない。「免疫力」というのは自分の一番嫌いな言葉だ。というのは、複雑な免疫システムを単純なものだと誤解させてしまうところもあるし、実際にはできないことをできるかのように誤認させる
  • ワクチンというのは、ヒトの身体に「免疫」をつけさせるための手段である。
  • 免疫学はどんどん発達して、二度はかからない理由を探し続け、ヒトの免疫システムが解明されてきた。

ワクチンの話はまだまだ続くのだが、次回にまわそう。

 

*1:峰宗太郎氏へのインタビュー記事は、本ブログ 2020/06/06 COVID-19:制御された状況下での感染は許容する でもとりあげた。日経BP、2020年5月29日、「神風は吹かない、でも日本は負けないよ

*2:ヘルペスウイルスの一種は、帯状疱疹を起こす。

*3:前回の記事参照(2020/09/10 COVID-19:「新型コロナで死ぬ」とはどういうことか?(3)- 「肺炎で死ぬ」のではないのか?)参照

*4:還元主義…生物学における基本的生命観の一つで,物理・化学的に不可解にみえる生命現象も,要素現象に分析・還元していって,これら要素の作用様式を解明することにより理解することができるとする立場。近代生物学の流れが分析的理解を中心としてきたことは事実であり,たとえば遺伝現象は,DNAの二重螺旋構造へと還元されたともいえる。ただし,ひたすら要素のみを強調することは要素間の関係を閑却視することになるので,生物学においては全体的視野も忘れてはならないとして,還元主義のみの強調を批判する立場もある。(ブリタニカ国際大百科事典)

*5:例えば、腸内細菌は、約3万種類生息している。また、人のゲノムの半分はウイルス由来、人の胎盤はウイルス由来だそうである。だとすると、「共生」というより……。